竪櫛 ― 2026年05月31日 00:03
竪櫛(たてぐし)は櫛歯が棟部から垂直方向に伸びる櫛であり、古代日本で広く用いられた櫛の一種である。
概要
日本では縄文時代早期には既に竪櫛が出現しており、知られている最古級の櫛も竪櫛である。人物埴輪の表現や、出土人骨の着装例から、人物埴輪や出土人骨の着装例から、女性の髪飾りとして前頭部付近に挿されたと考えられている。男性の頭部に副えられる事例や、常陸鏡塚古墳の例のように多量の櫛を副葬した例もあるため、多数の竪櫛を副葬する例もあることから、実用品・装身具としてだけでなく、祭祀や呪術的意味を持っていた可能性も指摘されている。
竪櫛の分布
縄文時代の竪櫛は東北地方を中心に、主に東日本で出土する。現在確認されている最古級の櫛は佐賀市の東名遺跡の貝塚から出土した縄文時代早期の櫛である。 弥生時代で現在知られる資料では西日本に多い傾向がある(中川正人(1999))。弥生時代前期の竪櫛として納所遺跡のほぼ完形品の竪櫛がある。造形法は、櫛20本と横架材を紐で結束するとともに横架材の両端を曲げて櫛歯を扇形に広げる(中川正人(1999))。
竪櫛の製作技法
竪櫛には結歯式、刻歯式、挽歯式がある(中川正人(1999))とされるが、挽歯式は横櫛に多い。結歯式は木などを加工して歯を作り、それらを並べた後にそれと直交するように棒(横架材)を配置して前後から横架材で挟み、植物繊維などで結束して櫛の骨格を形作り、木粉などを混ぜた漆で棟部を形成するものである。刻歯式は木材・骨・角などの素材から直接歯を削り出して製作する方法である。縄文時代の木製のものは鳥浜貝塚、美々4遺跡などの例がある。 挽歯式は刻歯式から発展したもので、櫛の材料を鋸やヤスリなどの道具を用いて、歯を挽いて作る。*竪櫛と横櫛の時代別特徴 近藤匡樹(2009)は竪櫛には装飾性があり、主として縄文から古墳時代に現れるとしている。横櫛は実用性から古墳時代から現代まで使われると指摘する。 古墳時代には副葬品として竪櫛は多数出土し、人物埴輪にも表現されることから、竪櫛は当時の代表的な髪飾りの一つであったと考えられている。 古墳時代に挽歯横櫛が朝鮮半島から伝来した。桜井町彼岸田遺跡で出土した横櫛は木製横櫛であり、刻歯式から、挽歯式へ移る過渡期とされる。木製横櫛中国系の横櫛が普及すると、奈良時代にかけて竪櫛は次第に使用されなくなった。
出土例
- 竪櫛 - 遠見塚古墳、宮城県仙台市、古墳時代前期にあたる4世紀末から5世紀頃
- 竪櫛 - 野毛大塚古墳、東京都世田谷区、5世紀初期
- 竪櫛 - 鳥浜貝塚、福井県、刻歯式、縄文時代
- 竪櫛 -三内丸山遺跡、青森県、縄文時代、漆塗りの櫛
参考文献
- 中川正人(1999)「櫛の造形 弥生時代の飾り櫛」紀要,pp.27-33,滋賀県文化財保護協会
- 中川正人(1998)「櫛の造形 縄文時代の飾り櫛」紀要,pp.30-37,滋賀県文化財保護協会
- 近藤匡樹(2009)「縄文時代の装身具」平成21年度 かながわ考古学財団入門講座資料
- 大熊久貴(2023)「古代における櫛の呪術性とその構造」古代学研究所紀要32,pp.29-43
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