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会下山遺跡2026年08月06日 00:40

会下山遺跡(えげのやまいせき)は兵庫県芦屋市にある弥生時代中期から後期の高地性集落遺跡である。日本を代表する高地性集落の一つであり、高地性集落の性格や弥生時代の社会・交流を考える上で重要な遺跡として知られる。

概要

六甲山系南部の標高201mの会下山の尾根部に位置する。1954年(昭和29)、弥生土器の発見を契機に遺跡の存在が知られた。土器は広範囲な地域集団との交流を示している。約2000年前の防御的性格を備えた高地性集落であり、1960年(昭和35年)には、兵庫県の史跡第1号に指定された。高地性集落の成立や弥生時代社会の実態を知るうえで学術的価値が高く評価され、2011年に国史跡となった。弥生時代の争乱や交易の様子を伝える貴重な遺跡として評価されている。 麓に「三条文化財事務所」が併設されており、出土品の見学ができる。 会下山遺跡は発掘調査によって山頂から山麓まで広がる大規模集落であることが明らかとなった。全国的に知られた代表的な高地性集落である。急峻な尾根地形に立地し、全山が国有地となっている。防御施設を備えた高地性集落であるだけでなく、広域交流を示す土器や中国系武器の出土によって、弥生時代の社会や交易、地域間交流を考える上で重要な遺跡となっている。

調査

発見経緯

1954年(昭和29年)、会下山遺跡の近くの芦屋市立山手中学校で、裏山(会下山)に植物実習園をつくるための道づくりが行われた。この時、作業に参加していた生徒たちが偶然、弥生土器の破片を発見した。この発見を受けて発掘調査が行われた。

発掘調査史

第1から10次調査調査

1956年(昭和31年)から1961年(昭和36 年)に芦屋市教育委員会などが第1次から第5次に渡る大規模な発掘調査を実施した。昭和48年(1973年)7月1日から7月6日、10月1日に会下山の西斜面について、第6次調査が行われ、多数の弥生土器が出土した。第7次調査は2002年(平成14年)に兵庫県教育委員会によって実施され、遺跡の範囲や内容が確認され、のちの国指定への重要なステップとなった。第8次調査は2008年(平成20年)3月3日から21日まで遺跡の正確な範囲と地下の埋蔵状況を把握するために行われた。 第9次調査は2009年(平成21年)2月9日から3月4日まで遺跡の正確な広がりや内容を確認するために行われた。第10次発掘調査は範囲確認調査(第8から10次)の最終年として2009年(平成21年)8月31日から12月16日に行われた。ここで特殊な構造を持つ「焼土坑」が発見された。

竪穴建物

祭祀関係遺物をともなう竪穴建物1棟、大型の竪穴建物1棟を含む合計9棟の竪穴住居跡が見つかった。竪穴建物は屋根を支える柱が4本から5本ある。最も大きな竪穴住居は直径が8mから10 mあり、他の竪穴住居より少し高い場所につくられていた。この建物には集落のリーダーが住んでいたか、または集落の人々たちが共同で使う施設と考えられている。また祭祀に用いられたと考えられる施設、火たき場跡、墓跡、柵跡、堀跡、ゴミ捨て場跡などがある。焼土遺構は穴の中で高温の火を使った跡が2ヶ所で見つかっている。野外の調理場やノロシの施設、土器を焼き上げるための施設などの説がある。

環壕

集落の最も北側で、二重の環壕跡がみつかっている。幅は約3~5.5 m、深さは約1.2 mある。敵や動物の侵入を防いだり、集落の境界を区切るためのものであったと考えられる。 外側の環壕が幅約5.5 m、深さ1m以上、内側の環壕が幅約3〜4m、深さは約1.2 mである。

出土品

  • ①鉄製品 鉄鏃、鋳造鉄斧などの鉄製品が出土した。
  • ②石器 石器は矢尻(石鏃)をはじめ、錐・石剣・ 石斧・叩石・ 石鎚・ 磨石・ 石錘、砥石・投石弾・軽石などがある。
  • ③特殊遺構 穴の中で高温の火を使った跡が2ヶ所で見つかった。野外の調理場やノロシの施設、土器を焼き上げるための施設など、さまざまな説がある。焼土坑、土坑墓、柵列なども確認されている。
  • ④漢式三翼鏃 日本列島では珍しい漢式三翼鏃も出土した。出土した青銅製漢式三翼鏃(芦屋市指定文化財)は中国で作られたものである。漢式三翼鏃は中国系武器の流入を示す資料として注目されている。

土器

出土土器全体の器種構成は、壺・甕・鉢・高杯・器台などで、畿内でよく出土するものとされている。河内や讃岐など他地域の土器も含まれ、広域交流が行われていたことを示している。

森岡説

森岡秀人は会下山遺跡を、一時的な小集団の高地性集落ではなく、長期間にわたり営まれた大規模な高地性集落として再評価している(芦屋市教育委員会2010)。 すなわち森岡秀人は「制約を受ける狭い尾根上に数棟営まれた小集団の居住の場ではなく、規模の大きい集団が日常生活を長期間にわたって営んだ高地性集落」(芦屋市教育委員会(2010))と再定義している。

遺構

  • 竪穴住居 9棟 平面円形
  • 祭祀場 2か所
  • 墓跡  4基
  • 焼土坑 - 長径4メートル
  • ピット
  • 段状遺構
  • 溝状遺構 2条
  • 柵跡

遺物

  • 土器(壺+甕+鉢+高杯+無頸壺)
  • 有茎式銅鏃 1
  • 漢式三翼銅鏃1
  • 石鏃
  • 高坏
  • 無頸壺
  • ガラス小玉
  • 鉄器(鉄片+釘)
  • 石鏃(サヌカイト製)
  • 剥片(サヌカイト製)
  • 弥生土器
  • サヌカイト製石鏃
  • サヌカイト剥片
  • 掻器
  • 石錐

指定

  • 1960年 - 兵庫県史跡指定
  • 2011年(平成23年)2月7日 - 国の史跡指定

アクセス等

  • 名称:会下山遺跡
  • 所在地:〒659-0087 兵庫県芦屋市三条町258番地
  • 交通:阪急電鉄神戸本線芦屋川駅から徒歩約15分

参考文献

  1. 芦屋市教育委員会(2017)会下山遺跡パンフレット
  2. 芦屋市教育委員会(2010)『芦屋市文化財調査報告85:兵庫県芦屋市 会下山遺跡確認調査報告書』芦屋市教育委員会 社会教育部生涯学習課

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