野毛大塚古墳 ― 2025年05月01日 23:16
野毛大塚古墳(のげおおつかこふん)は東京都世田谷区に所在する古墳時代中期の帆立貝式古墳である。日本百名墳に選出されている。
概要
多摩川流域の左岸にある国分寺崖線上の高台の洪積世台地「荏原台」には4世紀代から7世紀にかけて「野毛古墳群」、「田園調布古墳群」として多くの古墳が作られた。野毛大塚古墳はその野毛古墳群の一つである。
時代別の古墳状況
「野毛古墳群」、「田園調布古墳群」の時代別の特徴として4世紀代には田園調布古墳群の築造者が首長権を握っていたが、5世紀代には野毛古墳群を作った人物が首長権を握ったと考えられる。
古墳時代前期
4世紀には田園調布古墳群に蓬莱山古墳や亀甲山古墳など100m前後の大型前方後円墳が作られた。鶴見川流域には同時代に加瀬白山古墳や観音松古墳が作られた。
古墳時代中期
5世紀初期に野毛に大型の帆立貝形古墳の野毛大塚古墳が作られ、続いて御岳山古墳、狐塚古墳、八幡塚古墳、転業塚古墳などが連続して作られた。
古墳時代後期
5世紀末になると田園調布古墳群で小型の前方後円墳が作られた。
野毛大塚古墳の構成
墳頂に4基の埋葬施設がある。円墳部の大きさは82mで国内屈指である。前方部の大きさは後円部に比べて非常に小さい。円墳に祭祀の場の造り出しが付設されている。古墳の表面は葺石で覆われ、東京都最古となる埴輪列があった。墳形や出土品の多くの特長により、古市・百舌鳥舌墳群などの畿内王権との関わりが深いことが指摘されている。
調査
1989年から、4年に及ぶ発掘調査と保存整備事業が行われた。調査の結果、野毛大塚古墳は直径68m、高さ約10mの3段築成後円部に長さ15.5m、幅28mから20mの前方部と西側に長さ7.5m幅10mの方形造出を有する、全長83.5mの帆立貝形古墳であることが明らかにされた。関東の帆立貝形古墳としては、群馬県の女体山古墳(106m)、埼玉県の雷電山古墳(86m)に次ぐ規模である。
出土
埋葬施設
埋葬施設は中央部の主軸に位置する第一主体部の粘土槨割竹型木棺と墳頂からすでに発見されていた箱形石棺の第二主体部、それらと並行する形の箱型木棺の第三主体部、その北西に隣接する第四主体部の木棺の4基が検出された。
武具類
第一、第三主体部から出土した豊富な武器・武具類は関東全域でも群を抜くものとなった。 大量の武器武具類を副葬品とするのは、百舌鳥・古市古墳群を中心とする畿内政権が造営した古墳の特徴である。野毛大塚と畿内政権との結びつきが注目された。帆立貝形古墳の墳形は大形前方後円墳被葬者に次ぐ地位の人物(中型前方後円墳被葬者)の下の地位の人物が埋葬される中小古墳に採用される形式である。 発掘調査団長の甘粕健新潟大学教授は「出土した攻撃兵器の保有量は当時としては群を抜いている。この古墳に埋葬された首長集団の軍事力は東日本でトップクラスに位置付けられる」と語る。「被葬者は大豪族の側近で軍事担当者だったのではないか。親衛隊長のイメージだ」とする。
出土品
第一主体部の副葬品は銅鏡、銅釧、石製模造品、勾玉、管玉、丸玉、臼玉などの玉類、竪櫛、武器類として刀子、鉄刀、鉄剣、鉄槍、鉄鉾、鉄鏃、武具として甲冑類が出土した。 素環頭太刀(鉄刀)の一つは長さ88.6cm、幅2.7cm、厚さ1.0cmである。 第三主体部では銅鏡、銅釧、玉類はなく、石製模造品と大量の武器類が出土した。 古墳時代中期における主力武器である鉄鏃は第一主体部の40点、第三主体部に207点が服装されていた。第一主体部の鉄鏃は3型式、第三主体部の鉄鏃は13型式に分類され、同時期の鉄鏃のほとんどの形式を網羅する。鉄鏃は単独では副葬せず、数10本を束として、盛矢具に収め、8か所に分けておかれていた。
柵形埴輪
柵形埴輪は前方部と近接した造出部のみで検出された。柵形埴輪は畿内中心にみられること、上端に山形突起があること、出土位置が造出部のみであることは、畿内との共通点が多い。
胴鏡
第一主体部で内行花門鏡が1面出土した。直径11.5cmで、金文字で右回りに「長宜子孫」の銘文がある。後漢時代後半(2世紀)に製作された中国鏡の可能性が言われる。
復元
公園整備のための学術調査が始まり、多くの成果が得られた。墳丘は、築造当時の姿に復元され、平成5年に公開された。大型の帆立貝式古墳の復元は、全国初の試みだったという。平成2年以来の発掘調査で、三段築成の帆立貝式前方後円墳で、葺石が施され、4つの埋葬施設を持つことが判明した。段築の各テラスには、朝顔形埴輪、円筒形埴輪のほか、柵形埴輪や家、盾、鶏、壷の埴輪が出土している。出土品は東京国立博物館)と世田谷区立郷土資料館に収蔵される。
- 東京国立博物館収蔵品 槽形や履(下駄)形、坩形など多種多量の石製模造品が特徴。槽形のうち1点は、奈良県明日香村の酒船石にも似ており、水に関する祭祀を行った導水施設の中心部分を模したもの。刀子形の模造品は特に多量で、232点を数える。
遺構
- 箱形石棺 - 1897年(明治30年7)に箱形石棺(第2主体部)が発掘され、その時の出土品が東京国立博物館に所蔵されている。
遺物
- 鉄刀 - 232点
- 鉄剣
- 鉄鏃
- 鉄槍
- 堅櫛
- 手鎌
- 盾
- 鉄鉾
- 盛矢具
- 鉄斧
- 長方板皮綴短甲
- 三角板皮綴衝角付冑
- 玉 29点
- 碧玉管玉
- ガラス小玉
- 臼玉
- 瑪瑙勾玉
- 鉄製品残欠 -9点
- 石製模造品 -248点
- 内行花文鏡
- 銅釧
- 土師器
- 須恵器
- 円筒埴輪片 - 1点
- 形象埴輪 鶏・壺・家・楯
- 柵形埴輪
指定
- 1957年(昭和27年)11月3日 東京都旧跡指定
- 1975年(;昭和50年)2月6日 東京都史跡に種別変更
- 2017年9月15日 (平成29.09.15)重要文化財(東京国立博物館蔵)
アクセス等
- 名称:野毛大塚古墳
- 形式:帆立貝形古墳
- 被葬者:南武蔵の有力な首長。
- 築造時期: 古墳時代中期(5世紀前半)
- 全長:82m
- 後円部直径:67m
- 高さ:11m
- 入場料: なし
- 所在地: 東京都世田谷区野毛1丁目25番 玉川野毛町公園内
- 交通: 大井町線等々力駅下車 徒歩10分
参考文献
- 大塚初重(2019)『巨大古墳の歩き方』宝島社
- 世田谷区郷土資料館(2016)『国重要文化財指定記念 野毛大塚古墳展』世田谷区郷土資料館
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