立岩遺跡 ― 2025年11月16日 00:14
立岩遺跡(たていわいせき)は、福岡県飯塚市にある弥生時代の遺跡である。 「立岩遺跡群」とも言われる。
概要
遠賀川の上流、嘉穂盆地に位置する遺跡である。笠置山からとれた凝灰岩で石庖丁を製作していた遺跡として知られる。立岩遺跡の堀田地区の甕棺墓から、中国の前漢時代に制作された鏡など多数の副葬品が出土した。「不弥国」の中心地との説もある。
調査
昭和8年に市営運動場の建設時に甕棺が発見され、遺跡が知られた。 昭和38年、採土工事現場の削り取られた崖から落ちそうになっている甕棺甕棺が出土したとの知らせで、嘉穂高校の郷土部員による緊急調査が行われた。甕棺から前漢式鏡が6面 出土して組織的な調査が行われた。合計10面の前漢式鏡が出土した。10面の鏡には7種類の銘文があり、精白鏡、日光鏡、昭明鏡と呼ばれる。甕棺墓は弥生時代中期中頃から後期前半頃のものである。
10号甕棺
高さ117cm、口径68.4cm、最大径86.5cm、重量75kgの甕棺である。10号甕棺から6面の前漢鏡、銅矛1本、鉄剣1本、鉇1本、砥石2個が出土が出土した。出土品から、この地域を支配していた王墓と考えられる。
34号甕棺墓
石蓋単棺を埋納した成人用甕棺墓である。右前腕に着装されたままの貝輪14個が残る。30代の男性の人骨が仰臥屈葬の状態であった。貝輪14個が腕に装着され、その下腹部の上に鉄戈が1個置かれていた。小形の9号鏡が出土した。
副葬品の評価
これらの鏡や副葬品は、当時の権力や威信の象徴であった。弥生時代中期に九州北部各地に「国」と「王」がいたことを証明する。立岩遺跡堀田10号甕棺墓は男性、26号甕棺墓は女性と見られる。弥生時代の首長が持つ権力や社会構造を知る上での貴重な材料となる。
遺構
- 甕棺40
- 土壙墓1
- 袋状竪穴(貯蔵穴)26
遺物
- 銅鏡
- 連弧文清白文鏡
- 連弧文日有喜鏡2
- 重圏清白鏡
- 重圏精白鏡
- 重圏(ヒ)皎鏡
- 重圏文昭明鏡
- 連弧文日光鏡
- 連弧文清白鏡
- 重圏文鏡)
- 中細形銅矛a類
- 鉄剣
- 鉄製ヤリガンナ
- 砥石
- 素環頭刀子
- ガラス製管玉553
- ガラス製丸玉1
- 棗玉1
- 鉄戈
- 貝製釧14
- 内行花文銘帯鏡
- 銅矛
- 鉄製ヤリガンナ
- 鉄剣
- 砥石、
- 重圏銘帯鏡
- 管玉
- ガラス製丸玉
- ガラス製棗玉
- 素環頭大刀
- 塞杆状ガラス器、
- 内行花文銘帯鏡
- 貝輪
- 鉄戈、
- 内行花文銘帯鏡
- 鉄戈
- 鉄剣、
- 単圏銘帯鏡
- 鉄剣
展示
- 飯塚市歴史資料館
考察
指定
- 1977年6月11日 国の重要文化財 「立岩遺跡堀田甕棺群出土品」
アクセス等
- 名称 :立岩遺跡
- 所在地 :福岡県飯塚市立岩1760-5
- 交 通 :
参考文献
- 立岩遺跡調査委員会(1986)『立岩遺跡』、埋文研究会206
- 九州大学文学部中国文学・考古学研究室(1964)「立石遺跡発見の前漢鏡とその銘文」『九州考古学』20・21
- 小嶋隆人・森貞次郎・渡辺正気(1964)「福岡県飯塚市立岩遺跡」『九州考古学』20・21
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