鋤崎古墳 ― 2026年01月05日 23:46
鋤崎古墳(すきざきこふん)は、福岡県福岡市西区に所在する、4世紀末から5世紀初頭に築造された前方後円墳である。
概要
鋤崎古墳は糸島平野と早良平野を結ぶ交通の要衝に位置し、地域の有力者が葬られた墓と考えられている。古墳の全長は約62メートルで、三段に築かれた墳丘の斜面には石が敷かれ、円筒埴輪が並べられていた。葺石は花崗岩の転石である。
墳丘からは、古い形式の埴輪や鉄製の刀が見つかっており、古墳時代の初期にさかのぼる特徴をよく残している。とくに埋葬施設は、当時一般的であった縦穴式石室を基本としながら、後の時代に広まる横穴式石室につながる要素も備えており、古墳の造りが変化していく過程を知るうえで貴重な資料となっている。 銅鏡の副葬については、日本列島における受容が中国本土に先行した可能性が指摘されている。 石室の中からは、箱形の石棺や埴輪棺など、材質や形の異なる複数の棺が見つかり、銅鏡や甲冑、鉄刀など多くの副葬品が出土した。これらの副葬品の組み合わせから、最初に葬られた人物は女性であった可能性が指摘されている。また、鏡や武器には朝鮮半島との交流をうかがわせる特徴があり、当時の国際的なつながりを知る手がかりともなっている。
鋤崎古墳は、今宿古墳群の中心的な首長墓と考えられており、古墳時代初期の社会や墓のあり方、そして日本列島と周辺地域との交流を考えるうえで、たいへん重要な古墳である。
調査
1981~83年に福岡市教育委員会が調査した。墳丘の基本形は地山を削りだし、盛土は後円部頂部に0・5m程度が行われた程度である。長方板革綴短甲は中段が9枚、下段が7枚の地板配置である。中期の甲冑の中で最も初現期の形態的特徴を持つとされた。2点の素環頭鉄刀が出土している。鏡は6面が出土した。羨道の床面から双頭龍文鏡、2号棺棺外から内行花文鏡、羨道床面から双頭龍文鏡、1号棺副室から四獣鏡、2号棺棺内から振文鏡、1号棺副室から珠文鏡が出土した。四獣鏡と振文鏡は遺存状況は良好であるが、それ以外は錆が進行しており、文様が不鮮明となっている。
規模
- 形状 前方後円墳
- 築成 前方部:3段、後円部:3段
- 墳長 62m
- 後円部径 径36~38m 高7m
- 前方部 幅22m 長27m 高3m
埴輪
- 円筒埴輪 円筒・朝顔形Ⅱ式
- 葺石 あり
遺構
- ①横穴式石室
- 棺
- ⅰ 組合式箱形石棺(1号棺)
- ⅱ 埴質箱形棺(2号棺)
- ⅲ 組合式箱形木棺(3号棺)
- 埴輪棺
- 小石棺
遺物 - 1号埋葬施設
1号棺
- 主室
- 鉄剣1、
- 刀子1、
- 竪櫛1、
- 銅釧2、
- 玉類(勾玉36、管玉108、臼玉95、ガラス丸玉1)
- (副室)
- 珠文鏡1
- 四獣鏡1、
- 鉄剣1、
- 鉄刀3、
- 鉄鉾1、
- 刀子12(蕨手3、鹿角装1、刀子8)、
- 針簡3
- (奥壁突起石上)素環頭鉄刀1
2号棺
- (棺内)
- 振文鏡1
- (棺外.東)
- 内行花文鏡1、
- 素環頭鉄刀1、
- 鉄刀1、
- 針筒2、
- 不明鉄器1
- (棺外・西)
- 鉄斧1、
- 刀子1
3号棺
- (棺内)
- 鉄刀1、
- 刀子1
- (棺外・東)
- 四獣鏡1
- (棺外・西)
- 長方板革綴短甲1、
- 鉄斧1、
- 鎌1 (棺上?)
- 鉄鉾1
- 2~5号埋葬施設は副葬品なし。
- 羨道部から中国鏡1(双頭龍文鏡)出土
指定
- 2001年8月13日 国指定史跡
展示
- 福岡市博物館 原寸大の石室のレプリカを常設展示する。
アクセス
- 名称:鋤崎古墳
- 所在地: 福岡県福岡市西区今宿青木字鋤崎
- 交通: JR筑肥線 今宿駅より徒歩25分/ JR筑肥線「周船寺駅」よりタクシー利用
参考文献
- 大塚初重(1996)『古墳事典』東京堂出版
- 青木敏(2022)『古墳図鑑』日本文芸社
- 福岡市教育委員会(2002)「鋤崎古墳調査報告書」福岡市埋蔵文化財調査報告書第730集
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