Bing
PVアクセスランキング にほんブログ村

殿塚古墳(千葉県)2026年02月24日 00:09

殿塚古墳(千葉県)(とのづかこふん)は千葉県横芝光町に所在する前方後円墳である。

概要

殿塚古墳は木戸川左岸の台地上に立地し、墳丘は全長約88~89m、後円部径58m・高さ8.6m、前方部幅55m・高さ7.7mの2段築成である。墳丘部に埴輪が樹立する。後円部墳頂に円筒埴輪列が1周しており、中段または下段にあったとみられる埴輪が堀に落下していた。1958年(昭和33年)6月28日に国指定史跡となった。 出土品は芝山町立芝山古墳・はにわ博物館と芝山ミューゼアム 芝山仁王尊で展示されている。殿塚古墳・姫塚古墳から出土した形象埴輪48点は2024年(令和6年)8月27日に国の重要文化財に指定された。これは殿塚・姫塚両古墳出土品を一括評価し、東国首長墓の埴輪群としてのまとまりを示し、保存状態の良好さが評価されたものである。

調査

1956年(昭和31年)に発掘調査が行われた。玄室中央に主軸に直交するように仕切石が横に置かれている。前半部分の床には石敷きが施され、赤色顔料が壁に塗られている。副葬品から古墳は7世紀代前半の築造と推察される。

出土品

発掘調査では円筒埴輪や朝顔形埴輪・人物埴輪、動物埴輪(馬・猪・犬・牛・鳥など)が多数出土した。石室から玉類や耳環、頭椎大刀、直刀、鉄鏃、大玉・中玉・小玉などの玉類、金銅製耳環、金銅製鈴などが出土した。後円部寄りからは多数の男女の人物埴輪が出土した。北側周堀の前方部からは馬型埴輪、犬形埴輪、牛形埴輪、牡鹿埴輪、猪形埴輪、鴨形埴輪、水鳥形埴輪が出土し、くびれ部寄りから靭形埴輪、鐙形埴輪、家形埴輪などの器財埴輪が出土した。

石室

横穴式石室は羨道部が不明であるが、玄室は残っていた。石室の開口位置は後円部中段南側に開口する。形式は両袖式・玄門付構造である。規模は現存全長3.4m、玄室長2.74m、幅2.5mを測る。玄室の石材には、主に緑泥石片岩などの結晶片岩が使用されている。積み方は砂岩切石瓦目積み、切組積である。室内部からは、この結晶片岩を用いた組合せ式箱式石棺の部材(底石、側石の一部)が残存・確認される。主体部(竪穴式石室)内部には大量の朱(水銀朱)が塗られていた。 内部構造に仕切石があり、床は石敷きである。この地域の6世紀後半の石室としては規模が大きく、豪族の勢力の大きさを反映している。

長方形型周溝

周囲を長方形の二重周溝がめぐる。長方形型周溝は千葉県では船塚原古墳(下総町)、人形塚古墳などで確認されている、先行する埼玉県の古墳の影響が指摘されている。

  • 方形区画性を強調する設計思想
  • 武蔵・下総地域との政治的関係の可能性
  • 7世紀代の東国前方後円墳の終末的様相

姫塚古墳との双墓的関係

姫塚古墳との双墓的関係が最大の特徴であ。姫塚古墳と殿塚古墳はほぼ同規模であり、 形象埴輪の豊富さが共通する。被葬者の関係には、首長夫妻説・世代継承説などがある。 同一政治勢力により築造された可能性がある。

東国後期前方後円墳としての位置づけ

7世紀前半という築造時期が重要であり、前方後円墳終末期の東国での展開となる。横穴式石室に金銅製品が副葬されることは、中央政権との結びつきを示唆する。畿内的要素を受容していたとみられる。

動物埴輪の象徴性

動物埴輪の多様性とリアルな動物表現は、注目されている。 殿塚古墳および隣接する姫塚古墳から出土した動物埴輪群は、東国後期前方後円墳における象徴体系を考える上で重要な資料である。馬・犬・牛・猪・牡鹿・鴨・水鳥など多種にわたり、その構成は単なる写実的表現を超えて、首長権威や死生観を可視化する装置として理解される。

1.馬形埴輪 ― 軍事力と首長権威

馬は古墳時代中期以降、支配層の象徴的動物となる。特に7世紀前半段階では、騎馬戦術の導入とともに、馬は軍事的機動力・交通支配・外交的威信を示す記号的存在となった。 殿塚古墳で馬形埴輪が前方部周堀から出土していることは、前方部=儀礼空間において首長の武威を演出した可能性を示唆する。

2.犬・猪・鹿 ― 狩猟儀礼と境界性

犬・猪・牡鹿は狩猟と密接に関わる動物である。狩猟は単なる生業ではなく、支配者層の威信行為・通過儀礼・軍事訓練の性格を帯びていた。 とりわけ鹿は再生・季節循環の象徴とされることがあり、墓域に配置されることで死者の再生観念と結びついた可能性がある。犬は狩猟補助動物であると同時に、境界を守護する存在としても理解できる。

3.牛形埴輪 ― 生産と富の象徴

牛は農耕・運搬に関与する動物であり、地域経済基盤を象徴する存在とみなせる。7世紀段階の東国では畿内的文化要素の浸透が進むが、牛形埴輪は農耕社会の成熟と首長層の富の誇示を反映する可能性がある。

4.水鳥・鴨 ― 霊魂の媒介者

水鳥形埴輪は古墳時代を通じてしばしば出土するが、水辺に生息し、水上と陸上を往還する生態から、此岸と彼岸を結ぶ存在と解釈されてきた。 殿塚古墳が木戸川流域に立地する点を考慮すれば、水鳥は地域景観と結びついた象徴であると同時に、死者の霊魂を導く存在として墓域に配置された可能性がある。

5.器財埴輪との関係

動物埴輪は、靭形・鐙形・家形などの器財埴輪と組み合わさって出土している。この構成は、

  • 馬(軍事)
  • 器財(武装・居館)
  • 家形(首長の拠点)

といった社会的世界の縮図を墓域に再現したものである。

6.東国後期前方後円墳における位置づけ

殿塚古墳の築造は7世紀前半と推定され、前方後円墳終末期にあたる。この段階でこれほど多様な動物埴輪が整然と配置される例は、東国でも特筆される。 それは単なる伝統の継承ではなく、中央政権との関係を示す副葬品は首長層の自己表象であり、姫塚古墳とあわせて地域政治勢力の象徴空間を構成していたと考えられる。姫塚古墳とともに、7世紀前半の上総・下総地域の政治的動向を考える上で重要な基礎資料となっている。

規模

  • 形状 前方後円墳
  • 墳長 88m
  • 後円部径 径58m 高8.6m
  • 前方部 幅55m 長38m 高7.7m

外表施設

  • 円筒埴輪 円筒・朝顔形Ⅴ式

主体部

  • 室・槨 横穴式石室

遺物

  • 金銅耳環6
  • 【装身具】
    • 金銅製耳環3
  • 【玉類】
    • 大玉4・
    • 中玉5・
    • 小玉10
    • 大型勾玉1・
    • 琥珀玉5
  • 【武器】
  • 頭椎大刀1・
    • 直刀5
    • 鉄鏃 数10本
  • 【農工具等】
    • 刀子1
    • 銅鋺3・
    • 金銅製鈴8

築造時期

  • 古墳時代(6世紀)

被葬者

展示

  • 芝山ミューゼアム 芝山仁王尊
  • 芝山町立芝山古墳・はにわ博物館

指定

  • 1958年(昭和33年)6月28日 国指定史跡
  • 2024年8月27日(令和6年8月27日)日 国指定重要文化財

アクセス等 

  • 名称  :殿塚古墳
  • 所在地 : 千葉県山武郡横芝光町中台1472-1
  • 交 通 :芝山鉄道「芝山千代田駅」または、JR総武本線「松尾駅」から芝山ふれあいバスにて「芝山仁王尊」下車、徒歩10分

参考文献

  1. 滝口宏(1956)「千葉県芝山古墳調査速報」『古代』19・20合併号
  2. 玉口時雄(1961)「千葉県山武郡芝山古墳群」日本考古学年報9
  3. 栗田則久・木島桂子(2005)「古代の上総北東部」『千葉県文化財センター研究紀要』

中野区立歴史民俗資料館2026年02月24日 22:18

中野区立歴史民俗資料館(なかのくりつれきしみんぞくしりょうかん)は、東京都中野区の歴史や民俗に関する資料を収集・保存し、調査研究および展示公開を行う郷土資料館である。地域では愛称「れきみん」として親しまれている。

概要

本館は、名誉都民である山﨑喜作氏から1984年(昭和59年)に寄贈された約2,600平方メートルの敷地を活用して整備され、1989年(平成元年)に「山﨑記念中野区立歴史民俗資料館」の名称で開館した。江戸時代に江古田村の名主を務めた山﨑家の屋敷の敷地であり、併設されている山﨑邸の茶室および書院は江戸時代後期の建築と伝えられる。 展示室は特別展示室(1階)、企画展示室(2階)、常設展示室(2階)からなる。 常設展示では、旧石器時代から近現代までの中野の歩みを時代順に紹介している。旧石器時代の遺物は尖頭器、ナイフ形石器が展示される。縄文時代では網籠、弥生時代では2世紀から3世紀の高坏などの土器があり、古墳時代では遠藤山古墳出土の土器と円筒埴輪が展示される。 縄文土器や地域で出土した考古資料、いわゆる「金塚」に関する資料、製粉に用いられた石臼、街道沿いに設置された道標など、実物資料と模型・解説パネルを組み合わせ、中野の歴史的環境と人々の暮らしの変遷を解説している。

諸元

  • 名 称:中野区立歴史民俗資料館
  • 開 設:1989年(平成元年)
  • 休館日:月曜日、第3日曜日、年末年始
  • 開館時間:午前9時から午後5時まで(入館は午後4時半まで)
  • 観覧料:無料
  • 所在地: 中野区江古田四丁目3番4号
  • 交通:西武新宿線「沼袋」駅から徒歩10分江古田駅・練馬駅より路線バス「江古田二丁目」バス停下車 徒歩3分