ネコ塚古墳 ― 2026年08月23日 00:05
ネコ塚古墳(ねこづかこふん)は奈良県御所市室に所在する古墳時代中期(5世紀初頭から前半)の方墳である。
概要
ネコ塚古墳は奈良県御所市室のほぼ中央部、巨勢山丘陵の北側に広がる平坦部に位置する。 関川尚功(1989)は墳丘測量図を示して、高さ約10m、一辺70mほどと推定できるとした。墳頂を中心に採集された遺物には、鉄製刀剣類のほか、鉄鏃、衝角付冑に伴う三尾鉄、三角板革綴短甲、頸甲、円筒埴輪などの破片が検出されている(藤田(1985))。 明治時代に大規模な盗掘がみられ、墳頂部に結晶片岩が散乱する様子がある。梅原末治(1922)は、1881年(明治21年)ごろに発掘し、竪穴式石室が発見され、鉄器が出土したことを記している。埋葬施設に竪穴式石室を採用していたと考えられている。
測量平面図で見る限り、ネコ塚古墳は、その墳丘の約4割が室宮山古墳の周堤と重なる位置にあるとみられる(関川尚功(1989))。宮山古墳(室宮山古墳)の陪塚(大型古墳に付属して築造されたと考えられる古墳)と考えられている。
「ネコ塚」名称の由来
「ネコ塚」という名称の由来は明らかではないが、実際に猫が埋葬されていることに由来するものではなく、地元の伝承にちなむ名称と考えられている。古代の貴人の名に「根子(ねこ)」を含むものがみられること(『日本書紀』巻第十四、雄略紀など)から、これに由来するとの説もある。 「ネコ塚古墳」または「猫塚古墳」と呼ばれる古墳は各地にあり、奈良県五條市の五条猫塚古墳、香川県高松市の猫塚古墳、宮城県仙台市の猫塚古墳などがある。
2025年調査
2025年11月中旬から、御所市教育委員会は墳丘の外側2か所、計約110平方メートルを調査した。1か所では北東隅にあたる直角に近い外堤の一部が確認された。また、外堤の内側に巡らされた周濠も確認された。外堤を保護していたとみられる葺石や埴輪片も出土した(御所市教育委員会(2025))。
2025年12月、御所市教育委員会は第1次調査の成果を発表し、東側と北東側の2か所の調査区で周濠と外堤が確認されたことを明らかにした。北東側では外堤の隅部が確認され、外堤の幅は約15m、周濠の幅は約5mと推定された。また外堤の内側に巡らされていた周濠も新たに確認され、その幅は5メートル以上であった。 2025年12月の発表などで確認された内容から、外堤や周濠までを含めた規模は1辺が約100mに及ぶ可能性が指摘されている。
別の場所でも外堤や周濠が出土し、2カ所から外堤を保護していたとみられる多数の葺石や埴輪片も出土した。さらに。従来一辺70m前後と推定されていた墳丘規模について、「60m前後の可能性が出てきた」と発表されている(朝日新聞,2025/12/12)。 ネコ塚古墳が単独の方墳ではなく、室宮山古墳の周囲の施設と一体的な計画の中に置かれていた可能性を具体的に検討できるようになったとの見解が示されている。
葺石
- あり
主体部
遺物
築造時期
- 5世紀初頭(古墳時代中期)頃の築造と推定
指定
アクセス等
- 名称:ネコ塚古墳
- 所在地:奈良県御所市室字戌之花
- 交通:近鉄近鉄御所駅→奈良交通バス五條方面行きで6分、宮戸橋下車、徒歩5分
参考文献
- 梅原末治(1922)「大和御所町附近の遺蹟」『歴史地理』第39巻第4号
- 【「ネコ塚古墳」の外堤出土、規模探る貴重な資料】産経新聞,2025/12/12
- 『「堀」が出土、豪族・葛城氏の墓か』朝日新聞,2025/12/12
- 御所市教育委員会(1999)「台風7号被害による室宮山古墳出土遣物」御所市文化財調査報告書第24集
- 御所市教育委員会(2025)「ネコ塚古墳(第1次調査) 現地説明会資料」、2025年12月14日
- 関川尚功(1989)「御所市室大墓古墳外堤」『奈良県遺跡調査概報1988年度
- 藤田和尊(1985)「位置と環境」『奈良県御所市室境谷10号墳発掘調査報告』(『御所市文化財調査報告』第4集
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