深江石町遺跡 ― 2026年08月20日 00:05
深江石町遺跡(ふかえいしまちいせき)は、福岡県糸島市に所在する弥生時代の遺跡である。
概要
深江城崎遺跡に隣接し、その北側に位置する遺跡である(糸島市(2024))。 弥生時代のクニ「伊都国」の西の玄関口として対外交流を担った重要な拠点集落である。 発掘調査は第一次調査として2022年7月25日から2023年3月31日まで行われた(糸島市(2024)。 主な遺構として掘立柱建物8棟、土坑9基、溝状遺構4条を検出した。土器は弥生時代後期初頭~終末期まで含むが、主体は弥生時代後期前半とされる。谷部では大型壺、袋状口縁壺、短頸壺、甕、鉢、高坏、大型器台、手づくね土器、金海式甕棺の口縁部片、石包丁・石包丁未成品、紡錘車・紡錘車未成品、砥石、石錘が出土した(糸島市(2024)。 中国・漢代に由来する形式とされる木製櫛「箆(び)」が出土し、国内初出土として注目されている。
2022年の調査では弥生時代の武具「木製の鎧(木甲)」が出土した。出土土器から、弥生時代後期前半とみられる。木屑が出土していることから、木工を含めた木製品の生産に係わ る土坑と考えられる。 中国の史書『魏志倭人伝』に登場する「伊都国」の西の拠点集落と見られている。
木製の「箆(び)」の発見
2025年6月上旬に発見(出土)され、同年7月28日に糸島市から発表された弥生時代後期前半の漢式櫛も見つかっている。中国・漢に由来する木製のくし「箆(び)」とされる。箆は全国で初めて出土した例とされる。箆は長さ7.1センチ、幅5.5センチ、厚さ5~1ミリ。歯が70本ある精巧な作りである。箆は1号土坑(長さ2.2メートル、幅2.35メートル、深さ35センチ)から、建築材や船形木製品、船の仕切り板の一部など大量の木器とともに出土した。
歯の粗い櫛と、髪の汚れを取るための歯の密な箆が使い分けられていたと考えられる。大量の木器や大陸系文化との関係を示す木製櫛が出土しており、伊都国のものづくりや対外交流を考える上で重要な遺跡である。福岡市の今宿五郎江遺跡や佐賀県の吉野ケ里遺跡、長崎県の原の辻遺跡で歯の数が8~24本の梳の出土は計4例あるが、これまでに箆の出土はなかった。 中国の楽浪郡などを経由して伊都国にもたらされたとの指摘もある。
木製鎧(木甲)の発見
弥生時代の木製防御具である木甲の未成品が出土した。前胴2枚と後胴1枚の計3枚を組み合わせ、た構造が特徴であり、弥生時代の木甲は、古墳時代の甲冑の成立過程を考える上でも重要な資料である。後胴に羽根状の装飾がみられる。2022年度の宅地開発に伴う同遺跡の発掘調査で、3号土坑(最大径約4メートル、深さ46センチ)から出土した(糸島新聞(2024))。木甲の後胴(羽根を含む長さ39.8センチ、幅34.6センチ、厚さ1.8~5センチ)と右前胴(長さ46.5センチ、幅27.7センチ、厚さ5.5~10.5センチ)、左前胴(長さ47.5センチ、幅28センチ、厚さ最大6.6センチ)である。後胴・前胴はいずれもカキノキ属の木材が用いられている。
斧などを使って木を平らに整えた加工痕が残っており、当時の人々がよろいを作る際の工夫や制作段階が分かる。木甲を含む木製品の製作活動が行われていた可能性を示す遺跡である。 弥生時代の木甲は2024年時点で全国に17例あり、うちくりぬき式は8例である。橋本達也(2003)は弥生時代の木甲を組合式、加飾刳貫式、無飾刳貫式に分類し、型式ごとの出現・普及時期を示している。深江石町遺跡の木甲は、弥生時代後期前半の木甲製作技術を知る資料として重要である。羽根付刳貫式木甲の出土は、弥生時代後期前半の社会における武器・武具の生産や使用、さらに祭祀的側面を考える上でも重要な資料である(糸島市(2024))。
調査
遺構
- 掘立柱建物
- 溝
- 土坑
遺物
- 弥生土器
- 石器
- 木器
指定
時期
アクセス
- 名称:深江石町遺跡
- 所在地:糸島市二丈深江字石町1809番地
- 交 通:
参考文献
- 糸島市(2024)『糸島市文化財調査報告書30:深江石町遺跡』糸島市
- 「【糸島市】羽根飾りある弥生の木製鎧」糸島新聞、2024年8月5日
- 橋本達也(2003)「有機質甲冑・盾・靫・胡簶・弓」『考古資料大観』第7巻、小学館
- 「弥生時代の木製鎧を福岡県糸島市の博物館で公開」読売新聞、2024年9月30日
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