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谷口古墳 (佐賀県) ― 2026年09月26日 00:29

谷口古墳 (佐賀県)(たにぐちこふん)は佐賀県唐津市浜玉町谷口に所在する、4世紀末頃に築造された前方後円墳である。全長約77m、後円部径40m、後円部高さ8mで、城山から南西に延びる尾根の先端部に築かれている。前方部が低い古式の墳形を示し、墳丘には葺石が施されている。後円部には東西2基の石室があり、それぞれに松浦砂岩製の長持形石棺が納められている。これらの石室は、竪穴式石室の系譜を引きながら初期横穴式石室の要素をもつ横口構造を示し、玄界灘沿岸における初期横穴式石室の成立・展開を考えるうえで重要である。

概要

浜玉町谷口の十坊山の南西麓の丘陵上(標高20~25m)に造営された全長(墳長)77mの前方後円墳である。石室は竪穴系横口式石室である。墳丘主軸は、ほぼ南北方向を向く。築成は前方部1段、後円部2段である。墳丘上には葺石がふかれ、家形埴輪、朝顔形埴輪、円筒埴輪などが並べられていた。

円筒埴輪は円筒Ⅱ式である。 4世紀末(古墳時代中期初頭)の築造である。

石室

後円部には東西2基の石室があり、それぞれに松浦砂岩製の長持形石棺が納められている。西石室は3.16m×1.85m、東石室は長さ2.95m、幅1.60mである。 前方部に舟形石棺が埋納されている。長持形石棺は古墳時代中期に用いられたもので、当時の近畿では大王級の被葬者に用いられた。内部に長持式石棺が安置された。

石室は竪穴系横口式石室(初期横穴式石室の要素をもつ横口構造)で、竪穴式石室の構造を基礎としながら、横口部を設けた初期の横穴式石室への展開を示す構造をもつ。石室は竪穴系横口式石室としては最古級のものである。竪穴式石室の系譜を引きながら横口を設けたその構造を、黒石哲夫(2025)は「朝鮮半島の百済系統の石室を祖型として成立した畿内系横穴式石室が6世紀前半にかけて各地域へ展開していく」とした。

朝鮮半島の百済系統の石室を祖型とする畿内系横穴式石室の成立・展開過程との関係から重要である。石室側壁に割石を積み上げ持ち送っており、合掌形の特異な構造となっている。壁面には全体に顔料(水銀朱)が塗られ、赤く鮮やかに彩られる。

西石室の棺は、6枚の板石を組み合わせて造られて蓋石が長持形をなす。長さ約2.6m、幅約0.6~0.8mで蓋、長側板、底板にそれぞれ2個の縄掛突起が付けられる。 東石室は西石室より先に造られている。その他前方部から舟形石棺1基、西側くびれ部付近から壺棺1基が発見された。 東石室は奥行2.93m、幅1.60mの長方形の竪穴式石室である。

副葬品

出土品には銅鏡7面(三角縁神獣鏡2面、位至三公鏡1面、変形四獣鏡2、三角縁三神三獣鏡2)、武器(剣8、刀11以上、鉄鏃)、石釧(碧玉釧)11個、鉄器類(斧、鎌・斧、錐)、玉類(硬玉製勾玉5・碧玉製管玉292・ガラス勾玉3・ガラス小玉 ・真珠・勾玉)である。硬玉勾玉は東京国立博物館の所蔵で、長1.5cm、幅0.8cm、厚0.5cmである。

三角縁神獣鏡は一貴山銚子塚(福岡)・長塚古墳(岐阜)・ヌク谷北塚古墳(大阪)・大阪阿武山古墳(大阪)・天王山古墳(滋賀)・関家所蔵品と同笵鏡である。

遺構

  • 前方後円墳

遺物

  • 銅鏡7面
  • 鉄器類
  • 石釧

展示

  • 東京国立博物館(出土品の一部を所蔵)
  • 歴史資料室(浜玉市民センター内、レプリカ展示)

指定

  • 1941年(昭和16年)12月13日 国の史跡

アクセス等 

  • 名称  :谷口古墳
  • 所在地 :佐賀県唐津市浜玉町谷口
  • 交 通 : 浜崎駅 徒歩 30分 
  • 留意事項:※石室内部の見学は事前申込みが必要。4~11月は原則として見学対応なし。

参考文献

  1. 浜玉町教育委員会(1991)『浜玉町文化財調査報告書2:史跡谷口古墳保存修理事業報告書』浜玉町教育委員会
  2. 黒石哲夫(2025)「一墳丘に複数の埋葬施設をもつ後期古墳について」待兼山考古学論集4、pp.587-599
  3. 蒲原宏行(1994)「浜玉町谷口古墳の出土状況について」佐賀県立博物館・美術館館報No105

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