仿製鏡 ― 2023年09月27日 08:44
仿製鏡(ぼうせいきょう)は中国鏡を模倣製造して製作した倭国製の鏡である。 倭鏡とも言われる。
概要
倭国の弥生時代、古墳時代の鏡が質量ともに優れている。弥生時代の仿製鏡は、前漢鏡を模倣した朝鮮半島経由の鏡を模したもので、品質は劣る。古墳時代には神獣鏡や内行花文鏡,画像鏡などが作られた。 森下章司(1991)は文様の外側の部分にあたる外区文様が時間の指標として有効であることを示し、倣製鏡の編年を組立てた。系列の大きな交代の2つの変化点を見出した。鏡のもつ意味自体が変化したと考えられると主張した。
舶載鏡
中国からもたらされた鏡は舶載鏡という。舶載とは外国から船に積んで運んだという意味である。
魏志倭人伝
- (原文)特賜汝紺地句文錦三匹 細班華罽五張 白絹五十匹 金八兩 五尺刀二口 銅鏡百枚 真珠 鉛丹各五十斤 皆裝封付難升米 牛利 還到録受 悉可以示汝國中人 使知國家哀汝 故鄭重賜汝好物也
- (大意)(景初2年(西暦238年)12月詔書に曰く)とくに汝の紺地句文の錦3匹、細班華の罽5張、白絹50匹、金8両、5尺の刀2振、銅鏡100枚、真珠と鉛丹おのおの50斤ずつを下賜し、みな箱に入れ封印して難升米と牛利に託し、持ち帰って目録とともに汝に授けさせる。これらのすべては、それを汝の国のうちの者たちに示して、朝廷が汝らに深く心を注いでいることを知らしめんがためのもので、それゆえことさらに鄭重に汝に良き品々を下賜するのである。
- (原文)正始元年 太守弓遵遺建中校尉梯儁等 奉詔書印綬詣倭國 拜假倭王 并齎詔賜金帛 錦 罽 刀 鏡 采物 倭王因使上表答謝恩詔
- (大意)正始元年(西暦240年)、太守の弓遵が中校尉の梯儁らを遺わし、倭國に詣りて詔書・印綬を奉じ倭王に拜假した。また、金帛・錦・罽・刀・鏡・采物をもたらした。倭王は謝恩の上表文を詔した。
参考文献
- 森下章司(1991)「古墳時代仿製鏡の変遷とそ の特質」史林74 (6),pp.773-815
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