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栢ノ木遺跡2023年05月21日 21:04

栢ノ木遺跡(かやのきいせき)は、京都府井出町にある奈良時代から平安時代の遺跡である。

概要

井出町新庁舎等整備事業に伴う発掘調査で古代寺院の井手寺の塔が発見された。発表は2021年4月14日である。 木津川の支流の玉川右岸の段丘上に栢ノ木遺跡は立地する。 井手寺跡は、京都府綴喜郡井手町大字井手小字東高月、西高月、栢ノ木に所在する。井手寺は奈良時代天平期の聖武天皇治下で活躍した橘諸兄が創建した橘氏の氏寺と考えられている。平成13年度、道路拡幅に伴い初めて本格的調査が実施され、15年度からの4ヶ年の確認調査開始で伽藍配置等が明らかにされつつある。これまでの調査で井手寺跡は同地域に241.2m2の寺域を有していたことが判明している。塔跡は既知の寺域の東限から約50メートル東へ離れている。他の主要伽藍と別の区画を設け、「塔院」を形作っていたと推定される。 基壇の残存高は70cm、北辺と西辺に階段が発見された。奈良県奈良市の薬師寺三重塔や七十重塔と推定される京都府木津川町の山城国分寺跡の塔基壇との比較から、五重塔とみられる。上原真人京都大学名誉教授(井手寺跡調査委員長)は「使われている瓦に奈良の都と同じ奈良三彩が見られ、別院の形をなしている。塔を中心とした区画があるのは、奈良の大安寺くらいであろう」と語る。 基壇の周囲からは大量の瓦が出土した。平城宮や平安宮と同じ文様の瓦が発見された。宮都とのつながりが垣間見える。遺物の分析から、平安時代前半に建立され、鎌倉時代に廃絶したと考えられる。焼けた痕跡がないことから、老朽化により倒壊したと見られる。

遺構

塔の基壇と階段、犬走り、天落溝、石敷などを検出した。 基壇は東西15.3m、南北15.1mのほぼ正方形であり、基壇の四隅に階段があったと考えられる。

遺物

土師器須恵器、鉄釘、軒平瓦(平安宮と同じ紋様)、軒丸瓦

類例

指定

アクセス

  • 名称:栢ノ木遺跡
  • 所在地:〒610-0302 京都府綴喜郡井手町大字井手小字東高月
  • 交 通:JR奈良線「玉水」駅より徒歩約15分(約1㎞

参考文献

  1. 文化庁(2022)『発掘された日本列島2022』共同通信社

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