両迫間日渡遺跡 ― 2025年10月15日 00:00
両迫間日渡遺跡(りょうはざまひわたしいせき)は熊本県玉名市にある古墳時代の遺跡である。
概要
両迫間日渡遺跡は菊地川右岸の河川堆積物により形成された平野である。古墳時代には4世紀から6世紀にかけて古墳が築かれた。玉名平野の中央部に両迫間日渡遺跡があり、東西330m、南北600mの範囲である。
調査
平成19年度に発掘調査を行い縄文時代晩期から中世に至る遺物が出土した。弥生時代中期から後期の水田耕作跡、古墳時代中期の祭祀遺構では精緻な石製模造品が出土した。古墳時代の祭祀遺物6種700点である。内訳は土師器62点・須恵器1点・手捏土器143点・土製模造品5点・石製模造品26点・玉類463点である。 祭祀遺構は3つの年代にまたがる。祭祀遺構の楠の樹根がみつかり、祭祀は楠の根元で行われたことが示唆された。
- 祭祀遺構A - 4世紀末から5世紀前葉
- 土師器や手づくね土器が出土、
- 祭祀遺構B - 5世紀前半から5世紀中葉
- 土師器や手づくね土器に加え、土製模造品の勾玉、
- 玉類(石製勾玉、臼玉、管玉)、ガラス小玉、石製の有孔円板である。
- 祭祀遺構C - 5世紀後半から5世紀末
- 土師器、須恵器、手づくね土器が出土、土製模造品(鏡)、
- 玉類(石製勾玉、棗玉、管玉、臼玉)、
- 石製模造品(剣形、有孔円板)
石製模造品
本遺跡の出土品は最小5cm、最大15cmで大型のものが多い。
放射性年代測定
試料1(種子、オニグルミ)は、AD365年からAD425年であった。試料7(炭化物)はAD280年からAD390年であった。試料ごとのばらつきは大きいが、祭祀遺構のデータとは矛盾がなさそうである。ただ試料10(木片)AD150年からAD240年でより古い年代を示している。
遺構
弥生
- 畦畔
古墳
- 土坑
- 溝
- 祭祀
古代
- 土坑
中世
- 溝
- 畦畔
遺物
縄文
- 縄文土器
- 石器
弥生終末
- 弥生土器
古墳後期
- 植物遺存体(種子)
- 木杭
古墳初+古墳後期
- 土製品
- 石製品
- 土師器
- 須恵器
中世
- 瓦質土器
- 土師器
- 須恵器
- 磁器
- 陶器
指定
- 2021年2月9日 - 熊本県重要文化財「両迫間日渡遺跡出土祭祀遺物」
展示
考察
長い時間に渡り祭祀が行われてきたことが明らかになっている。土器や土製模造品を中心とした祭祀から、石製模造品を用いた祭祀に移り変わった。これは近畿のヤマト政権との関連が指摘されている。
アクセス
- 名 称:両迫間日渡遺跡
- 所在地:熊本県玉名市両迫間日渡
- 交 通:JR玉名駅から徒歩35分(2.6km)
参考文献
- 玉名市教育委員会(2009)「両迫間日渡遺跡」
- 文化庁(2022)「発掘された日本列島 2022」共同通信社
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