安永田遺跡 ― 2025年10月13日 00:16
安永田遺跡(やすながたいせき)は佐賀県鳥栖市にある弥生時代中期後半から末の集落跡である。
概要
1912年(大正2)年の耕地整理に伴い。弥生時代の甕棺墓が多数発見され細形銅戈や鉄剣等が出土したことで安永田遺跡の存在が知られるようになりなった。 昭和54(1979)年に鳥栖市教育委員会の範囲確認調査(鳥栖市教育委員会1980・1983)により九州で初めての銅鐸鋳型が出土した。北部九州地方には銅鐸はないと考えられていたが、鋳型の発見により銅鐸が作られていたことが明らかになった。 北方向から深く狭い谷が入り込む谷頭にある。弥生時代中期後半から末の集落跡と墳墓跡からなる遺跡である。鳥栖市北西部の杓子ヶ峰山麓に広がる柚比遺跡群内に位置する。 弥生時代の主な集落遺構は、竪穴住居73棟・土坑49基・周溝状遺構7基・溝5条であり、6A区から6B区を中心に分布する。遺物は多数の弥生土器(甕・壺・高杯・鉢・器台・蓋等)を初め、石器(石戈・太型蛤刃石斧・方柱状片刃石斧・扁平片刃石斧・石剣・石包丁・石鎌・磨石・砥石等)、土製品(鐸形土製品・投弾)、鉄器(鉄斧転用品)等がある。墓地の出土遺物ではSJ5005上甕に用いられた鉢形土器であり、口縁部上面にベンガラと思われる赤色顔料を用いて幾何学的な文様を施す。 出土した銅鐸鋳型5点、銅矛鋳型5点の計10点の鋳型片が、国指定重要文化財に指定された。
調査
遺構
- 竪穴建物8
- 甕棺86
- 甕棺墓170
- 石棺墓1
- 土壙墓12
- 石蓋土壙墓4
- 祭祀遺構2
- 土坑50
- 周溝7
遺物
- 弥生土器
- 銅鐸鋳型
- 銅鐸鋳型片
- 銅矛鋳型
- 中広形銅矛1
指定
- 1982年12月18日 国指定史跡名勝天然記念物
考察
それまで銅鐸文化圏は、主に近畿地方を中心とし、東の長野県や静岡県、西の山口県まで広がる弥生時代後半の文化圏とされていたが、北部九州でも銅鐸が見つかったので、銅鐸文化圏は広がることになった。吉野ケ里遺跡で出土した銅鐸と鋳型は、近畿で出土した鋳型と似ているとされ、銅鐸文化圏の範囲は修正を迫られている。
展示
アクセス
- 名称:安永田遺跡
- 所在地:佐賀県鳥栖市柚比町字安永田
- 交通:弥生が丘駅から徒歩24分(1.7km)
参考文献
- 山田正(1982)『安永田遺跡本調査第1次概要報告』
- 山田正(1982)『安永田遺跡本調査第2次概要報告』
- 石橋新司(1983)「安永田遺跡範囲確認調査第3次調査報告書」
- 佐賀県教育委員会(2002)「柚比遺跡群2」佐賀県文化財報告書第150集
最近のコメント