黒姫山古墳 ― 2026年06月09日 00:01
黒姫山古墳(くろひめやまこふん)は大阪府堺市にある5世紀中葉の前方後円墳である。鉄製甲冑類の出土量として日本最多である。
概要
百舌鳥古墳群と古市古墳群の中間にある全長114mの前方後円墳である。後円部径64m、前方部幅65m、後円部高11m、前方部高11.6mをはかる。2段築成の西向きの平地に営まれた前方後円墳であり、前方部は西向きである。墳丘の周囲には幅13mから18m、深さ2mの周濠をめぐらしている。中世には、墳丘に大規模な盛り土がされていた。墳丘上には埴輪列、葺石がみられ、後円部には刳抜式石棺を据え、前方部には竪穴式石室を設けており、後者からは多量の甲冑等を検出した。周辺には鎮守山古墳、どん山古墳、けんけん山古墳、さる山古墳、さば山古墳、名称不明古墳の計6基の陪塚と考えられる小規模古墳があったが、多くは開発により消滅している。
調査
昭和22年に調査され墳丘に二重に円筒埴輪列が検出された。後円部においては上段の円筒埴輪列の外側に衣笠形埴輪がほぼ等間隔に配置されている。前方部の頂上とくびれ部とのほぼ中間に東西に長く竪穴式石室が存し、内部から短甲24領をはじめとする甲冑及び刀・剣・鏃等の鉄製利器等が検出された。
遺構
後円部の埋葬施設は盗掘により破壊されていた。 前方部に墳丘主軸に並行して副葬品埋葬用とみられる河原石積竪穴式石室がある。 石室は内法4.03m、東端幅0.75m、西端幅0.83m、高さ1.03m。
規模
- 形状 前方後円墳
- 築成 前方部:2段、後円部:2段
- 墳長 116m
- 後円部 径66m 高11m
- 前方部 幅67m 長63m 高11.6m
- 外表施設 円筒埴輪 円筒Ⅳ式
- 形象埴輪 衣蓋、楯、靱、短甲、冑、家、不明、
- 葺石 あり
- 主体部 室・槨 ①竪穴式石槨
出土遺物
鉄製利器等が検出された。遺物は堺市立みはら歴史博物館で示されている。
- 【石製模造品】滑石製紡錘車
- 【武器・刀剣類】鉄剣、鉄刀鉄鉾
- 【武器・鏃】長頸鏃。
- 【武具】横矧板鋲留、
- 三角板鋲留
- 眉庇付冑:①横矧板鋲留3、小札鋲留5、長方形小札鋲留1、不明4、衝角付冑:
- ①横矧板鋲留8、不明3(三尾鋲伴出4)、
- ②残片2、
- 刀子2。
- 須恵器杯(身)
- 鉄刀
- 鉄鉾
- 頸甲、
- 肩甲
- 草摺
指定
- 1957年(昭和32年) 国指定史跡
- 1978年(昭和53年) 周庭帯部分を追加指定
アクセス
- 名称:黒姫山古墳
- 所在地: 大阪府堺市美原区黒山302
- 交通: 河内松原駅徒歩10分/近鉄南大阪線「河内松原駅」より近鉄バスに乗り換え「下黒山西」下車
参考文献
- 大塚初重(1996)『古墳事典』東京堂出版
スタンプ形石器 ― 2026年06月09日 21:20
スタンプ形石器(すたんぷがたせっき)は縄文時代早期に特徴的にみられ、食料を叩いたり潰したりするために用いられたと考えられる石器である。自然礫を加工し、底面を平らにした特徴的な形状をもつ。
概要
楕円形の河原石の半分を打ち欠き、平坦面を作り出した石器もスタンプ形石器である。縄文時代早期の撚糸文期に特徴的な石器とされる。ラグビーボール状や棒状の礫を半分に打ち欠いて平坦面を作り、握りやすいよう側縁に剥離加工を施したものが多い。底面の平坦部が機能面(打撃面)となる。面形状は楕円の場合が多いが、長方形もある。三角錐形石器は三角錐状を呈し、側面3面のうち1面に自然面が残る点でスタンプ形石器と区別される。堂ヶ谷戸遺跡から出土したスタンプ形石器は砂岩製である。萩山遺跡からは、300点以上のスタンプ形石器が出土した。神奈川県立歴史博物館ではスタンプ形石器を約1000点保管する。
用途
平らな底面を用いて木の実などの食料を叩いたり潰したりするために使用されたと推測される。底面に摩滅痕が認められることから、敲石や磨石と同様の調理用石器と考えられている。竪穴住居の建築(特に木材加工のため)に用いられたとの説もある。縄文クッキーと呼ばれるパン状に固めた保存食に印を付けるためのものとの説もある。道具縄文時代早期に集中的にみられ、その後ほとんど使用されなくなる理由については、現在も明確には解明されていない。
名称由来
「スタンプ形石器」という名称は、昭和31年に考古学者の芹沢長介が、印章のスタンプに似ていることから、岡本による提案に基づいて用いたことが、小田静夫(1983)によって紹介されている。「凡字形石器」とも呼ばれる。
出土例
- スタンプ形石器 - 萩山遺跡、埼玉県熊谷市千代、縄文時代早期、
- スタンプ形石器 - 堂ヶ谷戸遺跡、東京都世田谷区、縄文時代 早期
- スタンプ形石器 - 上神明遺跡、東京都世田谷区、縄文時代 早期
- スタンプ形石器 - 新潟県長岡市中潟町出土、縄文時代(早期)、東京国立博物館
- スタンプ形石器 - 東京都国分寺市西元町・多喜窪出土、縄文時代(早期)、東京国立博物館
参考文献
- 小田静夫(1983)『縄文文化の研究 (道具と技術)』7、雄山閣出版
- 橋本勝雄(2020)「出現期の石鏃に関わる新たな資料群の発見とその意義」研究連絡誌 (83), pp.2507-2519
最近のコメント