雪野山古墳 ― 2026年06月10日 00:39
雪野山古墳(ゆきのやまこふん)は滋賀県東近江市に所在するに所在する古墳時代前期の前方後円墳である。「日本百名墳」(歴史読本編集部選定)に選出されている。発掘調査当時は八日市市に属していた。
概要
雪野山古墳は琵琶湖の付近の湖東平野を流れる日野川中流域の東寄りに所在する前方後円墳である。雪野山の山頂に立地する。山頂が後円部であり、続く尾根が前方部である。地山の尾根地形を利用して築造されており、地形の出た部分を削り、窪んだ部分には土盛りする。丘の一部に葺石が認められる。埴輪はなかった。墳丘は前方部1段、後円部2段築成である。規模は墳長70m、後円部径40m、後円部高4.5m以上、前方部長30m、前方部高は現存2.5mである。古墳は国の史跡に指定されている。また出土品は一括して重要文化財に指定されている。
調査史
平成元年8月3日から1次調査が行われた。竪穴式石室の上面がみつかった。天井石が外され、砂にうずもれた状態であった。竪穴式石室の粘土床から3面の銅鏡が出土し、古墳時代前期の未盗掘古墳と判明した。平成元年9月13日から本格的な発掘調査が開始され、その後平成4年度まで継続して調査が実施された。これは八日市市教育委員会と都出比呂志教授(当時)による発掘調査団によって発掘調査が行われたものである。竪穴式石室内部の大きさは、北端幅1.5m、南端幅1.35m、長さ6.1mであった。 竪穴式石室の内部には、半環状の突起をもつ舟形木棺が納められ、内部の2か所に仕切り板が設けられていた。木棺の内外に副葬品が配置されており、銅鏡5面、武器武具を中心とする鉄製品に、多数の銅鏃、鍬形石と琴柱形石製品などの石製品類、ガラス小玉、漆製品が出土した。平成2年に行われた2次調査は古墳の形を明らかにするための地形測量調査であった。全長約70mの前方後円墳と結論づけられた。靫、竪櫛、合子、短甲状の漆膜がみつかった。4次調査は平成4年3月16日から4月13日に行われ、調査された竪穴式石室とは別の埋葬施設が発見された。平成8年に発掘調査報告書『雪野⼭古墳の研究』が刊行された。
雪野山古墳の評価
三角縁神獣鏡をはじめとする5面の銅鏡や、高度な漆工芸技術で作られた「ユキ(矢を入れ具)」など、中央の最高技術で作られた宝物が納められていた。4世紀中頃に湖東地域を掌握していた有力な豪族(首長)が、ヤマト政権と密接なつながりがあった証拠と見られる。 雪野山古墳は近江(滋賀県)における最初期の本格的な首長墓として位置づけらている。 雪野山古墳は未盗掘であるため、副葬品の配置状況が良好に残されており、タイムカプセル的に古墳時代前期の葬送儀礼を具体的に復元できる数少ない事例である。古墳時代前期の埋葬儀礼を解明する上で第一級の資料となる。副葬品は古墳時代前期前半における古墳の副葬品目をほぼ網羅していることから、当時の葬送儀礼を復元することのできる貴重な事例である。日本の考古学界において「古墳時代前期の最重要古墳の一つ」として極めて高く評価されている。
副葬品
副葬品は銅鏡、石製品、漆製品、鉄製品、その他に分類される。銅鏡は計5面出土した。内行花文鏡、鼉龍鏡、三角縁波紋帯盤龍鏡、三角縁唐草文帯四神四獣鏡、三角縁四神四獣鏡である。石製品は鍬形石、琴柱形石製品、管玉、紡錘車形石製品である。鉄製品は鉄鏃43本、小札革綴胄、棺内から刀2点、剣3点、鑿が出土し、棺外から剣2点、ヤリ3点、鉄鎌2が出土した。漆製品は靫2、靫の背負い板、竪櫛26、合子、木製短甲などである。
展示
- 東近江市埋蔵文化財センター
指定
- 1998年(平成26年)3月 国指定史跡
- 2001年 国指定重要文化財 銅鏡(5面)、碧玉製石製品、武具・武器、漆製品
アクセス
- 名称:雪野山古墳
- 所在地: 滋賀県八日市市上羽田町
- 交通: JR琵琶湖線近江八幡駅から「近江鉄道バス」日八線もしくは長峰線「羽田西」バス停下車徒歩15分で「雪野山歴史公園」、徒歩約30 分の登山
参考文献
- 雪野山古墳発掘調査団(1996)『雪野山古墳の研究』八日市市教育委員会
- 東近江市教育委員会(2016)「史跡 雪野山古墳 第3版」東近江市教育委員会 埋蔵文化財センター
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