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尼寺廃寺跡2023年05月21日 21:01

''尼寺廃寺跡'(あまでらじはいじあと)は奈良県香芝市にある古代の寺院跡である。

概要

香芝市の北端王寺町との境界に位置する。北廃寺と南廃寺とがある。両伽藍は南北約200m離れている。現在は塔跡以外は平地の水田や畑にされている。般若寺本堂が南廃寺にあるが、ここは創建当初の基壇上に建築された可能性がある。付近に500m以内に平野古墳群、平野窯跡群がある。7世紀中期以降に創建されたと考えられている。塔心礎は巨大な地下式心礎であり、塔心礎としては日本最大級の規模になる。 蘇我日向が白雉五年(654年)に創建した般若寺の可能性がある。発掘から尼寺廃寺跡は7世紀後半とされ、遺物と史料との矛盾は見られない。

調査

  • 北廃寺 第10次調査(平成7年度)では塔跡と考えられた基壇をトレンチ調査した。堆積土を除去すると、原位置を保つ基壇を検出した。「北廃寺」とも呼ばれる北側の遺跡は塔と金堂とが南北に並び、その東側に中門をもうけた回廊が周囲をぐるりととりかこむ東向きの「法隆寺式伽藍配置」の古代寺院と判明した。礎石の表面は焼失に伴う変色と割れが認められた。 中央の柱座より耳輪12点、水晶玉4点、ガラス玉3点、刀子1点の舎利荘厳具が検出された。片側雨落と北側で焼け落ちた瓦を検出した。金堂との間隔は10mと確認した。 第12次調査(平成8年度)では金堂が南北棟であることを確認した。第14次調査(平成9年度)では塔基壇との距離が約6.5mであることが判明した。回廊の北側に講堂があった可能性がみられた。また鉄滓や韛の羽口や砥石が見つかったことから、鋳造工房があったと推定された。伽藍配置が確認され、金堂・塔・中門・回廊・東門(東大門)の遺構が検出された。回廊は東西約44.3m・南北約71.4m、金堂は東西約14.7m・南北約16.8mと推定されている。塔の基壇は一辺約13.5m・高さ約1.4mである。 瓦は川原式の複弁8弁蓮華文軒丸瓦、12単弁弁蓮華文軒丸瓦、単弁16弁蓮華文軒丸瓦、三巴文軒丸瓦などである。鬼瓦と鴟尾も出土した。
  • 南廃寺 寺域は不明である。主要伽藍は現在の般若院境内で基壇の一部が検出されたため、重なり合うと推定されている。金堂が東、塔が西に配される南向きの法隆寺式伽藍配置である。 南廃寺では北廃寺に先行して7世紀中頃に造営が開始され、7世紀後半頃までに金堂は完成した。

展示

尼寺廃寺跡に併設されている学習館で現存する日本最大の塔心礎の模型と、塔基壇の土層を展示する。 香芝市二上山博物館では尼寺廃寺跡の創建時の姿を紹介し、出土品等を展示する。

指定

  • 2002年(平成14年)3月19日、国指定史跡(北廃寺)

アクセス

  • 名称:尼寺廃寺跡
  • 所在地:奈良県香芝市尼寺2丁目88
  • 交通: JR和歌山線畠田駅より南西へ徒歩約7分(約0.6km)

参考文献

  1. 太田亮(1942)『姓氏家系大辞典』磯部甲陽堂
  2. 坂本太郎, 井上光貞,家永三郎,大野晋 (1994)『日本書紀』岩波書店
  3. 東野治之(2013)『上宮聖徳法皇帝説』岩波書店
  4. 香芝市教育委員会・香芝市二上博物館編(2003)『尼寺廃寺Ⅰ』香芝市教育委員会調査報告書第4集

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