紀伝体 ― 2023年10月09日 14:23
紀伝体 (きでんたい)は編年体に対比するもので、記事本体を事件単位または人物単位で歴史を記述した歴史叙述の方法である。
概要
紀伝体の創始者は司馬遷で、その著作の『史記』は最初の紀伝体の史書とされる。
歴史の個人や一つの国に関しての情報をまとめて記述するのを紀伝体という。
帝王の伝記である本紀、臣下の伝記である列伝を中心とし、年表、世系表などの表、社会の重要現象を記す志から構成される。周辺の異民族の風習などを執筆したものも紀伝体という。「本紀」の紀と「列伝」の「伝」を取り「紀伝体」の名となる。
紀伝体は『史記』以後の「正史」の基本となり、中国のいわば正統的史書として、1王朝1史を原則とする歴史書の構成原理として継承されてきた。
編年体
中国での編年体の例としては、『春秋』があり、当初は編年体が標準となった。編年体の代表作としては『春秋』の他に司馬光の『資治通鑑』がある。
紀伝体の構成
区分 | 内容 |
本紀 | 紀伝体を構成する皇帝の事績を記述した |
列伝 | 功臣や主要人物の伝記の部分である |
表 | 年表、世系表である |
志 | 分野別の諸制度の変遷、社会の重要現象を記述した |
『史記』の構成
『史記』は全130篇、52万6500字で、「本紀」12篇・「表」10巻・「書」8巻・「世家」30巻・「列伝」70巻からなる。
区分 | 内容 |
魏志(魏書) | 「本紀」4巻、「列伝」26巻(「魏志倭人伝」を含む) |
蜀志(蜀書) | 「列伝」15巻、本紀を欠く |
呉志(呉書) | 「列伝」20巻、本紀を欠く |
日本の歴史叙述
日本書紀を含む六国史は編年体で書かれる。「紀伝体」は徳川光圀によってはじめて日本で採用された歴史叙述の体裁であった。紀伝体は「一人の終始を記することは紀伝にしくはなし」(荻生徂徠『経子史要覧』)といわれるように、さまざまな人間の動きを通じて歴史を叙述するには有効な方法であった。
+西谷正(2009)『魏志倭人伝の考古学』学生社
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