唐堀遺跡 ― 2024年08月08日 00:08
唐堀遺跡(からほりいせき)は群馬県東吾妻市にある縄文時代後期から晩期の遺跡である。
概要
関東北西部の標高400mの山間部で、吾妻川中流域の段丘に位置する。 約4100年から2500年前の縄文時代後期から晩期に営まれた遺跡である。 縄文人の生活、食生活、精神文化、地域間交流を知ることができる貴重な遺跡である。
調査
上信自動車道の建設に伴い2015年(平成27年)から2018年(平成30年)まで発掘され、縄文時代の水場遺構や遮光器土偶が発見された。彫刻のある木柱は水路の石組の下から出土したもので、祭祀の時に埋めたモノとみられる。集石は、遺物包含層の下位から検出されている。集石は、礫を主体に土器や石器などの遺物を人為的に集積した遺構である。埋甕は、ピット状の掘り込みをつくり、その掘り込み中に土器を埋設した遺構である。遺物集中は、土器や石器などの遺物が平面的にまとまって分布した遺構である。屋外炉は、竪穴建物の屋内に構築された炉ではなく、屋外に構築された炉と判断された遺構である。
石鏃
石器の総計は191,394点・5,687,411gであった。内訳は、石器類16,579点・5,048,913g(約5050㎏、約5.1t)、剥片類174,815点・638,498g(約640㎏、約0.6t)である。総重量5.7tの大部分を占めているのが、台石や石皿、磨石、敲石、凹石などの大型で重量のある礫石器である。 石鏃は総計約6000点を超え、石鏃製作に伴って生じた調整剥片が大量に出土している。出土した石器の器種の中で最も多かったのは石鏃である。
年代測定
- 横木の年代測定結果は「貯水場・横木(水場2O38№2)以下の通り。
- 3348-3176 cal BP(2σ)、
- 3263cal BP(中央値)
- 最終形成年輪部分の木材であり、数値年代は伐採(枯死)年代を示しているであろう。貯水場の構築年代を直接示しているものではないが、作業場出土の木材の数値年代と比較しても整合する。
- 彫刻のある木柱の年代測定/PLD-38099
- 14C年代を暦年代に較正した年代範囲 2σ暦年代範囲
- 3339-3286 cal BP (32.82%)
- 3270-3168 cal BP (62.63%)
水場遺構
約3400年から3150年前頃にトチノ実を水にさらしてアク抜きに利用された水場遺構があった。200年以上使用されていた。水場遺構の規模は、東西約20m、南北20mの範囲である。、貯水場、作業場、水路、弧状石組み、廃棄場と機能別に構成されている。廃棄場はトチの実を捨てた場所である。作業場は1.6mの大きく平らな礫を敷いている。水場遺構は水場遺構本体、水場遺構付帯部、水場遺構出土遺物 から構成される。しかもそれらの全容を発掘できた全国的にも数少ない遺跡の一つである。 水場遺構に利用した湧水点の場所は調査では明らかにできなかった。
彫刻文様
クリの丸木を角柱状に4面に加工し、その1面に連続U字形文様を彫刻する。 彫刻部分は長さ87cm、幅23cmで、陽刻でU字形文様は立体的に浮かび上げさせ、陰影が強調されている。
遺構
- 水場遺構
- 竪穴建物
- 土坑
- 配石
- 集石、
- 列石
遺物
- 岩版
- 漆塗り木製品、
- 耳飾り、
- 石棒、
- 軽石製ミニチュア製品
- 石製
- 土製の玉類
- 耳飾り、
- 石棒の破片、
- 石鏃
- 土製円板
- 屋外炉・
- 石囲い・
- 立石
指定
展示
アクセス
- 名称:唐堀遺跡
- 所在地:群馬県吾妻郡東吾妻町大字三島字唐堀地内
- 交 通:
参考文献
- 文化庁(2024)『発掘された日本列島 2024』共同通信社
- 公益財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団(2022)『群馬県埋蔵文化財調査事業団調査報告書707:唐堀遺跡』公益財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団
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