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横幅2026年08月01日 00:05

横幅(おうふく)は布を巻いて結ぶだけで、裁断や縫製をほとんど行わず布を体に巻き付ける衣服である。横幅衣(おうふくい)ともいう。

概要

『魏志倭人伝』の記述に3世紀頃の倭国の男子の服装が書かれる、すなわち「男子は皆露、木緜を以て頭に招け、その衣は横幅、ただ結束して相連ね、ほぼ縫うことなし」(男子皆露紒、以木綿招頭、其衣横幅、但結束相連、略無縫)とされる。男子は冠や頭巾を着けず、木綿を頭に巻き付け、衣は横幅で、結んだだけで連結し、縫い目(裁縫)はない、とされている。

『古事記』『日本書紀』には同様の記述はみられず、『魏志倭人伝』に記される3世紀頃の倭人の服装を知る数少ない史料となっている。

横幅の解釈

大林太良(1977)によれば、横幅は2通りの解釈がされている。一つ目の解釈は長い布を腰巻きとして使う方法である。梁代(6世紀)の『職貢図』に描かれた倭国使は、横に長い布を肩掛けから、腹のあたりまで巻き付け、腰付近でくくり合わせる衣装である。百済の使節とはかなり異なっており、相対的に貧弱な服装になっている。

『晋書』卷九十七・林邑伝に「女嫁之時、著迦盤衣、橫幅合縫如井欄、首戴寶花」(女性が嫁ぐ時は、迦盤(かばん)の衣を着用し、横幅の布を井戸の垣根(井欄)のように縫い合わせ、頭には宝花(宝石や宝飾をつけた飾り花)をかむる)と書かれる。「迦盤」は当時の筒状のスカート状の衣服を意味する。布を円筒形・円周状に縫い合わせて体に巻き付ける。林邑とはベトナム中部から南部でチャム人が2世紀末に建設した国家をいう。

『隋書』卷八十二列傳第四十七 南蠻林邑伝に「俗皆徒跣、以幅布纏身」(風俗は皆裸足で、横幅に衣服をまとう)と書かれる。「横幅」の語は倭国以外にも林邑の衣服を表す語として中国史書にみられる。

二番目の解釈では肩から掛けた布をさすという。三品彰英(1971)は袈裟式の服装と解釈した。斎藤忠(1958)も同様の解釈である。サリーはインド・ネパール・スリランカ・バングラデシュ・パキスタンにおいて、細長い布を様々なスタイルで体を包み込んで使用する。サリーも裁断・縫製をほとんど行わず、長布を身体に巻いて着用する衣服の一例である。

考察

布を巻き付けて着用する衣服は、南アジア・東南アジアに広くみられる。南アジアから東南アジアにかけて広く分布している布を裁断せず身体に巻き付ける服装文化がある。名称はサロン、サルン(マレーシア,インドネシア),シン(ラオス),ルンギー(インド,バングラデシュ)、ロンジー(ミャンマー)があるが、いずれも布を腰巻きとして使用する。 現代でも、インドネシアでは輪にした布を衣料に用い、裁断や縫製をしないまま身体を包む布として使う。このような布を巻き付けて着る衣服は現代の東南アジアにもみられる。

参考文献

  1. 三品彰英(1971)『神話と文化史』平凡社
  2. 斎藤忠(1958)『日本全史1 原始』東京大学出版会
  3. 吉本忍(2005)『アジアにおける「包むJ文化』日本衣服学会誌 Vol.49 No.l
  4. 大林太良(1977)『邪馬台国』中央公論社

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