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横幅2024年04月16日 00:57

横幅(よこはば)は『魏志倭人伝』に書かれる倭国の男子の服装である。

概要

『魏志倭人伝』の記述に男子の服装が書かれる、すなわち「男子は皆露、木緜を以て頭に招け、その衣は横幅、ただ結束して相連ね、ほぼ縫うことなし」(男子皆露紛、以木県招頭、其衣横幅、但結束相連、略無)とされる。男子は冠や頭巾をつけることなく、木綿で鉢巻きをして。衣は横幅で、結んだだけで連結し、裁縫はほぼしない、とされている。 『古事記』、『日本書紀』には同様の記述はないから、弥生時代に独特の服装であろう。

横幅の解釈

大林太良(1977)によれば、2通りの解釈がされている。一つは長い布を腰巻きとして使う方法である。倭国の使節の姿に梁代(6世紀)の「職貢図巻」に描かれている。すなわち横に長い布を肩掛けから、腹のあたりまで巻き付け、腰付近でくくり合わせるものである。百済の使節とはかなり異なり、貧弱な服装になっている。『晋書』卷九十七・林邑伝に「女嫁之時,著迦盤衣,橫幅合縫如井欄,首戴寶花」と書かれる。林邑とはベトナム中部から南部でチャム人が2世紀末に建設した国家をいう。『隋書』卷八十二列傳第四十七 南蠻林邑伝に「俗皆徒跣,以幅布纏身」(風俗は皆裸足で、横幅に衣服をまとう)と書かれる。 二番目の解釈では肩から掛けた布をさすという。三品彰英は袈裟式の服装と解釈した。斎藤忠も同様の解釈である。サリーはインド・ネパール・スリランカ・バングラデシュ・パキスタンにおいて、細長い布を様々なスタイルで体を包み込んで使用する。

考察

どちらの解釈によっても、横に長い布を身にまとう衣服であり、これは東南アジアで広く見られる衣装である。南アジアから東南アジアにかけて広く分布している腰巻文化圏がある。名称はサロン,サルン(マレーシア,インドネシア),シン(ラオス),ルンギー(インド,バングラデシュ)、ロンジー(ミャンマー)があるが、いずれも布を腰巻きとして使用する。 現代でも、インドネシアでは輪にした布を衣料に用い,裁断や縫製をしないまま身体を包む布として使う。とすれば、魏志倭人伝に記述される服装は東南アジア系統の服装なのだろうか。そうだとすると、どのような経路を渡ってきたのであろうか。

参考文献

  1. 三品彰英(1971)『神話と文化史』平凡社
  2. 斎藤忠(1958)『日本全史1 原始』東京大学出版会
  3. 吉本忍(2005)『アジアにおける「包むJ文化』日本衣服学会誌 Vol.49 No.l
  4. 大林太良(1977)『邪馬台国』中央公論社

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