北大谷古墳 ― 2026年07月12日 00:53
北大谷古墳(きたおおやこふん)は東京都八王子市に所在する7世紀前半の終末期古墳である。多摩地域最大級の円墳であり、胴張り形横穴式石室を有することで知られる。
概要
八王子市北部を東西に流れる谷地川右岸に立地する古墳である。直径約39mの円墳である。全長約10mの古墳の主体部は凝灰岩質砂岩を切り出した切石積み横穴式石室である。 周濠は西側から北側を経て東側へ巡る馬蹄形状で、墳丘全周には及ばない。埴輪や葺石は確認されておらず、終末期古墳にみられる簡素な外表施設を示している可能性がある。土師器の破片が出土している。発掘以前に盗掘を受けたため、これまでの調査では目立った副葬品はなかった。
直径約39メートル、高さ約2.1メートルを測り、7世紀前半に築造された多摩地域の円墳としては最大級の大きさである。遺体を安置する主体部は全長約10メートルにも及び、ブロック状に切り出した石材を積み上げる高度な石室構築技術が用いられている。7世紀前半の終末期古墳であり、多摩地域における終末期古墳研究の重要資料となっている。
技術的特徴
北大谷古墳の胴張り石室の主な技術的特徴は以下の通り。 玄室(棺を納める部屋)、前室、羨道(通路)からなる「複室構造」を採用しており、壁面には加工された切石が用いられている。石室は胴張り形横穴式石室であり、多摩地域では高度な築造技術を示す石室の一例とされる。石室構築前には地盤を掘り込んで基礎を固める「掘り込み地業」が行われており、計画的な施工がうかがえる。 石室の形状は当時の古墳建築において技術を要する構造であった。全長は約10メートルに及び、同時期に築造された周辺古墳の中でも最大級である。石室の平面形が中央部に向かって膨らむ「三味線胴張り(胴張り形)」と呼ばれる構造は畿内系古墳との共通性が強く、中央政権と密接な関係をもつ有力首長層が採用した石室形式と考えられている。
発掘歴
これまでに発掘調査や測量調査、地下レーダー探査などが実施されている。
1899年調査
1899年(明治32年)2月11日、木下止(しずか)をはじめとする地元有志により発掘され、北大谷古墳は円墳であり、南側に向けて開口した横穴式石室があると報告された。
1933年調査
1933年(昭和8年)の後藤守一(帝室博物館)では直径29メートルの円墳で、墳丘は大きく崩れて南側に伸びていると報告された。
1992~1993年調査
平成4・5年には東京都教育委員会の調査では古墳全体におよぶ調査、周濠の確認と他の古墳の存在の有無を調査することを目的として地下レーダー探査が行われた。地下レーダー探査によって周濠の状況や墳丘周辺の構造が確認され、保存状況の把握が進められた。
指定
- 1936年(昭和11年)3月 東京都旧跡
アクセス
- 名称:北大谷古墳
- 所在地:東京都八王子市大谷町725
- 交通: JR中央線「八王子駅」北口から西東京バス「警察署前・バイパス経由宇津木台」行き、バス停「団地入口」または「バイパス大谷」下車徒歩約15分。
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