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2026年07月17日 00:24

甕/世田谷区郷土資料館/筆者撮影

(かめ)は口が広く胴が深い容器で、考古学では縄文時代以降の土器に広くみられる基本的な器種の一つである。 甕は縄文時代の深鉢形土器を起源とし、弥生時代には煮炊き用の甕形土器として発達した。また、貯蔵・埋葬・祭祀にも利用され、日本列島の先史・古代社会を代表する土器の一つとなった。

概要

考古学では、形の大小にかかわらず、深くて口の大きな深鉢形土器を甕という。 縄文・弥生時代には、土器の甕(かめ)で実際に火にかけて煮炊きをしていた。 現代では甕は貯蔵用容器を指すことが多いが、縄文・弥生時代には煮炊きにも用いられた。かつて縄文土器では丈の高い広口の器を「かめ」と呼ぶこともあったが、現在の考古学では一般に深鉢と呼ぶ。北部九州では特大の甕が埋葬用容器として用いられた。。 甕は貯蔵・埋葬・祭祀など用途は多岐にわたり、日本列島の先史・古代社会における代表的な土器の一つである。

甕と壺の違い

甕は口が広く底が深いので手を入れて中身を取り出しやすい、壺は口が狭く頸部が発達することが多い。広口壺は、壺の一種で口が広いものを指す。弥生時代などの遺跡から、中にどんぐりなどが入った広口壺がみつかっている。 壺は口が狭いため外気に触れにくい利点を持つ一方、出し入れをする際は少しずつしかできない点がある。

甕形土器

  • 甕形土器は弥生時代、古墳時代に代表的な器種である土器の形式である。
  • 弥生土器の基本的な器種は壺形土器、甕形土器、鉢形土器、高坏形土器の四種類である。

埋甕(うめがめ、まいよう)

  • 甕を地中に埋設する遺構である。住居の内部(出入口部)に営まれる住居内埋甕と住居外に営まれる住居外埋甕とがある。縄文時代前期中葉の、乳幼児の骨の入った深鉢の出土例が最も古いものである。縄文時代中期後半には乳幼児の骨が正立または伏せて埋設された底部穿孔土器中に葬られた。のちに住居入口部に胎盤、へその緒を入れた土器を埋める風習も現れた。子供の健康を願う、まじないの側面もあったとされる。一度白骨化した遺骨を土器に納めて再葬する洗骨葬は縄文時代後期初頭となる。

日本書紀 巻第一 神代上

  • 「汝、可以衆菓釀酒八甕、吾當爲汝殺蛇。」
  • 「素戔嗚尊勅蛇曰「汝、是可畏之神、敢不饗乎。」乃以八甕酒、毎口沃入。」
  • (大意)素戔嗚尊が大蛇に向かい『お前は恐ろしい神だ。どうしてごちそうを食べないことがあろうか(いや、食べるはずだ)』と呼びかけ、甕に入れた酒をそれぞれの8つの大蛇の口に流し込んだ。 『日本書紀』にも酒を入れる容器として「甕」が登場し、古くから酒や水などを蓄える大型容器として認識されていたことが分かる。

出土例

甕は荻杼古墓などから、埋甕は古婦毛遺跡や黒谷貝塚などから出土しており、縄文時代の乳幼児埋葬や祭祀との関係が知られている。

  • 甕 - 荻杼古墓。島根県出雲出土品、
  • 埋甕 - 古婦毛遺跡、縄文時代の新生児埋葬施設
  • 埋甕 - 黒谷貝塚

参考文献

  1. 岩永祐貴(2019)『岐阜県における埋甕の様相』奈良大学大学院研究年報
  2. 木下忠(1970)『戸口に胎盤を埋める呪術』日本民族学会第9回研究大会報告要旨,民族學研究