青塚古墳 (犬山市) ― 2026年07月13日 00:13
青塚古墳 (犬山市)(あおつかこふん)は愛知県犬山市に所在する古墳時代前期(4世紀中頃)に築造された前方後円墳である。「茶臼山古墳」「青塚茶臼山古墳」「王塚古墳」とも呼ばれる。
概要
犬山市の南部、木曽川南岸の丘陵上に位置する。墳丘には葺石・壺形埴輪が良好に残り、東海地方の古墳時代前期を代表する前方後円墳として知られる。 墳丘長は約123mで、断夫山古墳に次ぐ愛知県内第2位の規模をもつ。周辺にはかつて十数基からなる古墳群が存在していたが、多くは消滅し、現在は南西部に数基の円墳が残る。 前方部2段、後円部3段の段築を有する。 埋葬施設は未調査のため内部構造は明らかではない。葺石は大量の河原石を並べる。敷地内には出土品(埴輪や鏃形石製品)などを展示するガイダンス施設「まほらの館」がある。出土した壺形埴輪や円筒埴輪、鏃形石製品を見学できる。青塚古墳は1983年(昭和58年)2月8日に国指定史跡となった。
調査
昭和54年(1979年)ほ場整備事業に伴い青塚古墳の周濠と外堤の確認調査が実施された。 青塚古墳からの出土品は、壺形埴輪と円筒埴輪、鏃形石製品である。土師器片は青塚古墳の南段丘面沿いから採取されている。 墳丘形態や出土した鍬形石・壺形埴輪などから、築造時期は4世紀中頃と考えられている。壺形埴輪は約2メートル間隔で配置され、底部穿孔をもつ二重口縁壺である。 前方部墳頂には方形壇状遺構がある。方形壇状遺構は東西9m、南北7m、高さ推定0.5m 弱の低墳丘状で、遺構周囲では河原石・割石の配石、石敷き、円筒埴輪列が認められる。この遺構は古墳築造後に追加して造営された可能性が高いと考えられている。配石遺構は後円部北西側に複数確認されるほか、前方部墳頂にも確認されている。その一例は全長約3メートル、幅約1メートルである。
壺形埴輪
青塚古墳から出土した「壺形埴輪」には2形式がある。一つは、口部がラッパのように広 がり胴部が丸い形式である。2 つめは口部が二段になり、胴部が細長い形式である。同様な壺形埴輪は、近隣の古墳を始め関東の各地から出土している。青塚古墳では、古墳上に復元された赤い壺形埴輪が配置されている。透かし穴がなく、底に水抜き用の穴(底部穿孔)が開いた特殊な壺形埴輪である。
周濠
トレンチ調査から自然地形を利用した不整形の周濠であり、東側では陸橋(渡土堤)が確認されている。周濠の深さは、最深個所で1m 弱と浅く、墳丘裾部から外側に向かってほとんど水平に近い角度で緩やかに傾斜する。
戦乱時の砦
1584年(天正12年)の小牧長久手の戦いの際に、秀吉陣の砦として使用されたことから、「青塚砦」とも呼ばれる。古墳域は現在は大縣神社(犬山市宮山、尾張国二宮)の社有地である。 圃場整備事業に伴い古墳は消滅の危機となったが、地元住民の保護運動で残された。現在は青塚古墳史跡公園となっている。
発掘調査
規模
- 形状 前方後円墳
- 築成 前方部:2段、後円部:3段
- 墳長 123m
- 後円部径 径78m 高12m
- 前方部 幅62m 長45.5m 高7m
主体部
外表施設
- 円筒埴輪 円筒Ⅱ式
- 葺石 あり
遺物
- 壺形埴輪
- 円筒埴輪
- 樽形埴輪
- 鏃形石製品
- 鰭付朝顔形埴輪
築造時期
- 4世紀中葉(古墳時代前期)頃
被葬者
展示
- 青塚古墳史跡公園
- 青塚古墳ガイダンス施設「まほらの館」
考察
指定
- 1983年(昭和58年)2月8日 国指定史跡「青塚古墳」
アクセス等
- 名称 :青塚古墳
- 所在地 :〒484-0945 愛知県犬山市青塚22-3
- 交 通 :名鉄楽田駅から徒歩 30分
参考文献
- 犬山市教育委員会(2001)「史跡 青塚古墳調査報告書」
最近のコメント