Bing
PVアクセスランキング にほんブログ村

和泉遺跡 (狛江市)2025年12月23日 00:31

和泉遺跡 (狛江市)(いずみいせき)は、東京都狛江市にある古墳時代中期の遺跡である。

概要

1940年(昭和15年)に明治大学の杉原荘介博士が発掘し、和泉式土器の標識遺跡となった。

調査

昭和15年の発掘調査

杉原荘介・神林淳雄(1940)に次の記述がある。「本遺跡より出土せる遺物としての土器は明らかに新形象を提示するものであり、一形式の定立を可能とするところのものである」(p.283)相当な意気込みである。「和泉遺跡は武蔵野台地の西端に位置し、延長川としての多摩川、名残川としての六郷用水の上流と、この2水流により挟まれ、舌状に浸食された洪積層台地の東端に存し」(p.284)と地理上の位置を明確にする。発見の経緯は「本遺跡は東京航空計器用地の地ならし中に発見されたるもの」(p.285)と語る。遺構については「この度発掘調査した住居跡は遺構の東部における完全に残存せる二個を選びたるは住居跡間の種々関係を調べるためである」とし西側を第1号、東方を第2号とした。第1号竪穴住居跡は1辺約4mの角の精々丸い長方形で各角が東西南北を指す位置にある」とした。特徴は「床は驚くべき水平であり、叉堅く踏み固められている」とした。さらに「柱の堀立られたる柱穴の1つも認められず、住居址東方角部に1凹穴があるのみである」と柱穴がなかったことを指摘する。「炉跡は北西壁部の中近くにあり、残灰以外は何の遺構も認められぬ簡単なものである。」

土器

「本遺跡より出土したる遺物は土器のみである。この事実はある程度まで、この様式の遺跡には土器以外の遺物の発見されたることに乏しいことを物語っていると言ってよい。出土したり土器は悉く竪穴住居址内の腐食有機土中より発見されたものである。これ等の土器は新しい一形式をなす。遺跡名をとって和泉式土器と称する。」「和泉式土器の形象は以下のごとくである。すなわち製法は手ごね、輪積み、轆轤等を併用する。土質は粗鬆で長石片を含む。土器内一定せず、焼成稍々悪く器面暗褐色を呈し黒き斑点を残す。文様全くなし。」小型手捏土器は粗雑で吸水性に富むものであるから、実用の土器としては考えがたいから、祭と都見るのが至当である」「和泉期は遺跡の規模小さく、是に伴って出土土器の数量比較的少なく遺跡の分布粗であることは、如何に解釈すべきであるか。和泉式土器が地域的に特殊なもの、偶発的なものではない。さすれば残された解釈は必然的に導かれる。即ち和泉式期は時期が短かったのである。」

遺構

  • 竪穴住居址

遺物

  • 甕型土器
  • 柑形土器
  • 椀形土器
  • 甑型土器
  • 高坏型土器
  • 小型手捏土器

展示

考察

指定

アクセス等

  • 名称  :和泉遺跡
  • 所在地 :
  • 交 通 :

参考文献

  1. 杉原荘介・神林淳雄(1940)「武蔵和泉遺跡調査概報」考古学第11巻第5号

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://ancient-history.asablo.jp/blog/2025/12/23/9825610/tb