中原高句麗碑 ― 2026年04月08日 21:51
中原高句麗碑(ちゅうげんこうくりひ/忠州高句麗碑〈중원 고구려비〉)は朝鮮半島で発見された高句麗碑である。 韓国では現在、「忠州高句麗碑」と呼ぶ。
概要
1979年2月、大韓民国忠清北道中原郡中央塔面龍田里(現・忠州市)において、檀国大学博物館の学術調査団により発見された。発見当時の行政区分にちなみ「中原高句麗碑」と命名されたが、その後の行政改編により中原郡が忠州市に統合されたため、現在は「忠州高句麗碑」の呼称が一般的である。
碑は四面に刻文を有する石碑で、前面には計391字が刻まれ、そのうち約244字が判読されている。右側面でも数文字が確認されており、2000年の精密調査では裏面にも文字の痕跡が認められた。
碑文は高句麗と新羅の関係を記したもので、両者の関係を「兄弟」にたとえつつも、高句麗の王を「大王」、新羅王を「東夷之寐錦」と位置づけ、高句麗の優越性を示している。また、新羅の官人に対する衣服の下賜、高句麗による軍事責任者(幢主)の派遣、新羅領内での人員徴発などが記されており、新羅が高句麗の強い影響下にあったことを示唆する。
この碑は、5世紀の長寿王の時代における高句麗の南進政策と新羅支配の実態を示す重要な史料であり、征服地域に対する政治的・軍事的支配を正当化し、その権威を示す目的で建立されたと考えられている。
指定
- 1981年3月18日、大韓民国国宝第205号に指定された
素材
花コウ岩を使った四角石柱形である。
発見場所
大韓民国忠清北道中央塔面龍田里
書体
釈文
展示
- 名称:中州高句麗碑展示館
- 所在地:忠清北道忠州市中央塔面龍田里280-17
- 休館日:月曜日、旧正月、秋夕
参考文献
- 中原高句麗碑拓本,九州国立博物館
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