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威信財2023年12月28日 14:17

威信財(いしんざい、Prestige Goods)は権力者の権威や権力を示す財物をいう。

概要

下垣仁志による威信財の定義は「生存の継続には必要ないが、社会関係をの構築と維持に不可欠な、外部からもたらされ上位者から分配される貴重財」とする(参考文献1)。 威信財の理論に総合化志向と個別化志向がある。個別化志向は器物を交換する側面に着目する。総合化志向は威信財を使用した社会システムに着目する。 威信財は単なる貴重な宝物としてではなく、特定の社会段階において、威信財が親族関係や社会編成を結節するメカニズムを論じる。権力資源論では、富裕物資材として取り扱う。 1970年代の総合化志向ではマルクス主義人類学と文化人類学を融合させ、威信財の流通が婚姻関係と結びついて、そのメカニズムが社会体制の維持・再生産・発展を促進したと見る(参考文献1)。禹在柄は儀器的威信財から権力型威信財への転換を指摘する。

威信財の起源

威信財はオランダのC.デュボアが提唱した概念である。文化人類学では財を生存財と威信財とに分ける。フランスのゴドリエ(1976)はニューギニアのシアヌ族の動産(財)を次のように分けた。

  1. 生存財:農耕・採取・手工業による生産物
  2. 奢侈財:たばこ、塩、パーム油、タコの木の実
  3. 貴重財:貝殻、儀式用の斧、豚、極楽鳥の羽

威信財はこの分類の貴重財に相当する。貴重財の使い方は、親族関係者の婚礼、近隣集団を和平条約を結ぶ場面などで、通過儀礼や宗教儀式のために贈り物として流通する。政治的な目的で配布・流通し、個人の権威を表すものとなるのは、数が少ないあるいは入手するために大きな経済力が必要な貴重品のためである。威信財は重要な交易品であったり、入手するために社会的な競合が起きることがある。

威信財の階層性

財は明確に異なる階層化されたカテゴリーに分けられ、カテゴリー内ではある財は他の財と容易に交換できるが、下位カテゴリーの財を上位カテゴリーの財と交換するのは不可能である(ゴドリエ(1976)、p.187-189)とされている。財の階層性は社会の諸構造すなわち親族関係、宗教的関係、政治的関係の支配的役割を表現している。最も希少な財カテゴリーは社会的競合が最も激しい。社会的競合は、入手することが困難な財の占有と分配を通じて実現される。トロブリアンドと同様にティコピア経済は、生存経済ではなく、「貴重財」の生産と交換が重要な役割をもつ経済である。首長は経済の中で支配的な場を占める。土地・大型船・氏族の最も貴重な財に対する最終的な統制権をもつ(ゴドリエ(1976)、p.197)。

日本での威信財の実例

旧石器時代の精製石器、縄文時代の硬玉製大珠、弥生時代の中国製鏡、青銅武器や南海産の貝輪、古墳時代の三角縁神獣鏡・碧玉製腕飾、近世の陶磁器など。集団的威信財としては弥生時代の銅鐸、青銅武器形祭器などが該当した。

日本古代の銅鏡の分配関係は、貴重財(威信財)の分配を通じて、政治的関係の確立・強化の道具として機能したと考えられる。

安土桃山時代では茶道具が威信財となった。織田信長は茶道具を人心掌握に利用したのである。土地は希少財として恩賞とするには限りがあるが、茶道具は輸入したり、新規に制作することができる。 利休の鑑定により「価値がある」と判定すれば、昨日まで二束三文だった茶碗が、「恩賞として充分な価値」を持つようになる。織田信長は領地に代わる褒美として『茶器』を最大に利用した。 一国一城の価値が、中国から渡来した茶入一つと同じ価値を持つとされた例もある。武将の荒木村重が有岡城から逃亡する際、茶道具を抱え、側室とともに城を離れたという。信長の家臣である滝川一益は武田氏討伐の手柄恩賞として唐物茄子茶入「珠光小茄子」を切望した。信長は滝川に「上野一国と信濃二郡を下賜」したが、滝川は茶入をもらえなかったため落胆したと伝わる。

参考文献

  1. 下垣仁志(2019)「威信財とはなにか」『前方後円墳』(シリーズ 古代史をひらく)岩波書店
  2. 辻田淳一郎(2007)『鏡と初期ヤマト政権』すいれん舎
  3. 辻田淳一郎(2007)「古墳時代前期における鏡の副葬と伝世の論理」史淵 144, pp.1-33
  4. 禹 在柄(1997)「国家形成期の武器と武装」大阪大学博士論文
  5. M.ゴドリエ(1976)『人類学の地平と針路』紀伊國屋書店

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