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森将軍塚古墳館2023年10月05日 20:04

森将軍塚古墳館(もりしょうぐんづか こふんかん)は長野県千曲市にある千曲市立博物館である。

概要

森将軍塚古墳がある有明山(標高652m)の麓に建てられ、森将軍塚古墳およびその付近の古墳群やその他中小の古墳から出土した品を展示している。裏の有明山の山麓には復元された森将軍塚古墳がある。古墳館から古墳まではバス(有料)が走る。 隣に長野県立歴史館が建つ。

展示

  • 土器、埴輪、副葬品などを展示する。
  • 2階の展示室は、中央に竪穴式石室がある後円部を再現する
  • 1階では石室内部を見ることができる

アクセス等

  • 名称:森将軍塚古墳館
  • 所在地:〒387-0007  長野県千曲市屋代29-1
  • 休館日: 月 祝祭日の翌日
  • 開館時間: 午前9時~午後5時まで(入館は午後4時30分まで)
  • 入館料: 大学生以上 700円(600円)バス料金往復込み
  • 交通: しなの鉄道 屋代駅下車徒歩25分、屋代高校から1km。
    • 屋代駅から近道はあるが、寺の境内を通り、かつ急な山道である。
  • 森将軍塚古墳見学バス運行時間(冬期間運休)
    • 運休:月曜日、祝日の翌日、冬季期間(12月~4月)
    • 500円(400円)
    • 午前9時~午後4時30分 (午後4時以降は片道のみ)
    • 時間内は、 随時運行。
    • 古墳館内にてバス乗車券を買い、随時バスを運行する。古墳までバス3分。
    • 徒歩では片道20分(往復40分)山道で、行きは上りである。

参考文献

長野県立歴史館2023年10月05日 20:23

長野県立歴史館/玄関

長野県立歴史館(;ながのけんりつれきしかん)は長野県千曲市にある歴史博物館である。

概要

1994年(平成6年)11月3日(文化の日)に開館した。本館は、常設展示室を中心とした公開施設による「総合情報部門」、埋蔵文化財センター機能の「考古資料部門」と文書館機能を担当する「文献史料部門」からなる複合施設である。

展示

  • 原始エリア
    • 最大級の縄文土器(小諸市郷土跡出土)
    • 復原された竪穴住居
    • 北村遺跡の仮面土偶
    • 縄文時代の子どもの人骨
    • 古墳時代のよろいとかぶと
    • 顔のついた釣手土器(小諸市郷土跡出土)
    • 日向林B遺跡出土品 旧石器時代
    • 人形土器 弥生時代
  • 古代エリア 「条里と水田」「都と信濃」「平安時代の村のくらし」
    • 「ナウマンゾウと黒曜石」「中央高地の縄文文化」「縄文のムラ」
    • 「稲をつくった信濃びと」「古墳に葬られた人びと」
    • ナウマンゾウ
    • 屋代木簡(布手)
    • 木製品に使われた木
    • 瓦塔
    • 緑釉陶器
    • 墨書土器
  • 長野県吉田川西遺跡土壙出土品 重要文化財

講座

県立歴史館講座や考古学講座、古⽂書講座などを開催し、地域文化を振興する。

アクセス等

  • 名称:長野県立歴史館
  • 所在地:〒387-0007 長野県千曲市大字屋代260-6(科野の里歴史公園内)
  • 休館日: 毎週月曜日(祝日、振替休日にあたるときは火曜日)と祝日の翌日
  • 開館時間:
    • 3月~11月:9時~17時(ただし、入館は16時30分まで)
    • 12月~2月:9時~16時(ただし、入館は15時30分まで)
  • 入館料: 常設展示室 一般 300円(200円)/企画展示室 300円(200円)
  • 交通: しなの鉄道屋代駅または屋代高校前駅から徒歩25分

参考文献

玄室2023年10月05日 22:38

玄室(げんしつ)は古墳時代において横穴式石室などの棺を納める死者埋葬用の墓室をいう。

概要

古墳の中の棺を埋葬する空間で羨道の先にある部屋である。石で作られたものを石室という。単室,複室の別がある。古代中国では地下に構築した墓室を玄室という。

日本書紀 巻第十九 欽明天皇

  • (原文 十六年春二月)豈圖、一旦眇然昇遐、與水無歸、卽安玄室。
  • (大意)(聖明王は)にわかに逝去し、行く水のように帰らず、玄室に休まれたとは。

参考文献

貝輪2023年10月06日 22:38

貝輪(かいわ)は縄文時代や弥生時代に使われた貝を使ったアクセサリーである。 貝釧ともいう。

概要

「貝輪」「貝釧」は日本書紀には登場しない。縄文時代の貝輪は埋葬された人骨の腕に装着された状態で見つかることが多く、その大半は女性である。誰でも身に付けるものではなく、特別な地位にある人のためのアクセサリーであった、

縄文時代

縄文時代には二枚貝に穴をあけ、多数をつづり合わせて上腕にはめている。貝輪は貝殻の中央に、腕が通せるだけの穴をあけて完成する。貝輪の素材となった貝はどんな貝でもよいというわけではなく、「二枚貝」を中心に数種類のものに限られる。貝輪の素材は、1万年ほど続く縄文時代のなかで、時期によってその種類が大きく変化する。縄文時代の後期になると全国的に「ベンケイガイ」の貝輪が流行した。 オオツタノハ製の貝輪は、北海道から愛知県の遺跡から約200点出土する。暖かい所に生息する貝で、日本では東京都の伊豆諸島南部より南と、鹿児島県の大隅諸島より南の島々にしか生息しない。

弥生時代

弥生時代には九州北部などで巻貝類のカサガイやオオツタノハなどに穴を開けたものや、イモガイ、ゴホウラ、スイジガイなどを切って作った貝輪が盛行する。弥生時代ではオオツタノハやゴホウラ、イモガイといった、南西諸島でとれる巻貝を利用した腕輪が九州地方を中心に出土する。南海産の貝は貴重なものであり、これらは集落のなかでも特定の人しか身につけることができなかった。中には10個以上の腕輪を着装する例もみられる。

古墳時代

古墳時代は同様に巻き貝に穴をあけて腕にはめる形式となった。

産地

貝の多くは奄美群島以南に産するもので、沖縄諸島などではこれらを大量に加工したとみられる遺跡がある。

出土例

  • 貝輪 - 田川内貝塚、熊本県八代市日奈久新田町、古墳時代(5世紀)
  • 貝輪 - 吉胡貝塚出土、愛知県田原市、縄文時代、オオツタノハ
  • 貝輪 - 神野遺跡、茨城県鹿嶋市、縄文時代後期

参考文献

尖底土器2023年10月07日 00:03

尖底土器(せんていどき)は底が平らでなく、尖った土器である。

概要

縄文時代早期に多いが、一部地域では前期や晩期も見られる。 煮炊きをする際に、火のまわりをよくするための工夫と考えられている。 大型の尖底や丸底土器には例外なく繊維が含まれており、撚糸が含まれたものも見られる。土器が大型になるにつれて形を保つのが難しくなり、焼く前の補強のために繊維を混ぜたと考えられる。

出土例

  • 尖底土器 - 都賀遺跡、兵庫県神戸市、縄文時代早期
  • 縄文式尖底土器 – 青森県三戸郡南部町森越字館野出土、縄文時代早期、
  • 尖底土器 -塚田遺跡、長野県御代田町、縄文早期

参考文献

下戸塚式土器2023年10月07日 20:40

下戸塚式土器(しもとつかしきどき)は下戸塚遺跡から出土した菊川式土器の特徴と久ヶ原式土器の特徴が複合した独自の特徴をもつ土器である。

概要

下戸塚遺跡を標式遺跡とする下戸塚式土器は、東遠江の菊川式土器に類似しており、ハケ刺突文・ハケ目沈線を特色とする。 弥生時代後期中葉の前半は下戸塚式の中段階古期に相当し、久ヶ原II式古段階の土器も出土する。

参考文献

下戸塚遺跡2023年10月07日 23:22

下戸塚遺跡(しもとつかいせき)は縄文時代から奈良時代までの複合遺跡である。

概要

新宿区内最大の弥生遺跡である。南北130m、東西100mの濠を巡らした環濠集落である。 武蔵野台地の東部、神田川の中流から下流の右側の台地の上に位置する。縄文時代の土器がほとんど破片で、石器類の量も少なく、住居跡も発見されなかったことから、狩猟などを営む場所と推定された。弥生時代はここに集落があったことは、集落を囲む環濠や多くの竪穴住居跡などから判明した。甕や壺などの土器も多数発掘され、住居跡から見つかった炭化した米は、稲作が行われていたことを物語っている。古墳時代の竪穴住居跡には、竈や貯蔵穴があるものも目立つ。

調査

発掘調査は平成11年に行われており、調査当時すでに墳丘は失われていたが、周濠が検出されたことにより古墳の存在が確認されている。

遺構

  • 住居 17
  • 土坑1
  • 溝1
  • 方形周溝墓7
  • 環濠

遺物

  • 弥生土器
  • 土師器
  • 石製品(蛇紋岩製管玉)
  • ガラス製品(ガラス小玉)
  • 土製品(管状土錘)
  • 銅製品
  • 土製勾玉
  • 棗玉
  • 木製品
  • 炭化材
  • 植物遺存体(コメ(炭化米)
  • 種子

指定

アクセス

  • 名称:下戸塚遺跡
  • 所在地:東京都新宿区西早稲田3丁目4-29
  • 交通: 地下鉄早稲田駅から徒歩11分

参考文献

  1. 早稲田大学教務部本庄資料館(2003)『下戸塚遺跡第2・3次調査報告』早稲田大学