上敷免遺跡 ― 2025年09月08日 00:14
上敷免遺跡(じょうしきめんいせき)は埼玉県深谷市にある縄文時代から平安時代にかけての複合遺跡である。
概要
上敷免遺跡はJR高崎線深谷駅から北北東約2.4kmにある。利根川の支流の小山川と福川に挟まれた自然提防上に立地する。人面付き土器が出土した。
調査
発掘調査は1985年(昭和60)年4月1日から1987年(昭和62)年12月9日まで行なわれた。上敷免遺跡は水田下より発見された。上敷免遣跡から検出された縄文時代の遺構は土坑1基(SKJ-1)と集石1基(SC-1)である。覆土から縄文土器が数点出土した。I群2類称名寺式土器の深鉢である。 弥生時代の遺構は住居跡4軒と土坑2基がある。Y-3•Y-4号住居跡から土器が豊富に出土した。Y-1号住居跡は長軸4.5m、短軸4.4mの不整長方形である。Y-3号住居跡は長軸4.5m、短軸4.lmで、ほぼ中央に炉がある。幅39cmで深さ50cmから60cmである。壺形土器が出土した。遺物は壺形土器で推定口径11cm、胴部最大径24.3cm、底径8.2cm、器高38.6cmである。平行沈線と刺突の間に縄文を施し、無文帯を挟み、下部は刺突と波状文の間に縄文帯を配する。
底部圧痕
土器の底部には網代紺みやサル編み等の編物や、木の葉の圧痕を有するものがかなりの割合で認められた。上敷免遺闘では網代編みとザル編みの2神類か確認できた。部分的に送りの方向を変え、菱形に絞が広がるような校様を意図的に編み出していた。木の葉を敷物に利用した木葉痕が見られる。1枚の葉の圧痕がほぼ中央に軸をあわせるようにして残されたものが最も多い。底部総数234個体中、何らかの敷物の圧痕を有するものは142個体で全体の約61%であった。当遺跡で粗製土器を製作するときは、何らかの敷物を敷くのが一般的であった。
遺構
- 集石
- 土壙
- 包含層
遺物
- 縄文土器
- 土製品
- 石器
- 玉類
展示
考察
指定
アクセス等
- 名称 :上敷免遺跡
- 所在地 :埼玉県深谷市大字上敷免字入枝7742番地他
- 交 通 :
参考文献
- 埋蔵文化財研究会(19960)『発掘された地震痕跡』
- 埼玉県埋蔵文化財調査事業団(1993)「上敷免遺跡」
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